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107/123

107.ダンジョン箱10F~

石の扉が左右に開き、奥の広間が姿を見せた。


 丸い床。

 高い天井。

 中央だけ、わずかに盛り上がっている。


 「……来る」


 ルデスが小さく告げた瞬間、

 床の紋様がぼうっと光った。


 盛り上がった影が膨らみ、形を変える。


 黒い毛並み。

 赤い双眸。

 人よりひと回り大きい、黒いウルフが一頭。


 歯を剥き、低くうなりながらこちらを睨んでくる。


 「魔力は……そこそこってところね」


 リーナが一歩下がり、ペンダントに触れる。

 ルデスが正面、俺は右側へ回り込む。


 黒ウルフが床を蹴った。


 「正面は引き受ける」


 ルデスが剣を構え、突っ込んできた体当たりを受け止める。

 鈍い音と火花。

 だが、足は一歩も下がらない。


 その脇を、俺がすり抜けた。


 間合いに飛び込み、

 右手の短剣で後ろ足を払い、

 左の刃で脇腹をえぐる。


 黒ウルフの体勢が、ぐらりと崩れた瞬間――


 「こっち見なさい!」


 リーナの光が、目の前で弾ける。

 一瞬、瞳がぶれて動きが止まる。


 そこへ、


 上から、ルデスの一閃。

 横から、俺の突き。


 二本の刃が同時に首元と心臓をとらえた。


 黒ウルフは短く喉を鳴らしただけで崩れ落ちる。

 しばらく様子を見ても、もう動かなかった。


 「終わりだな」


 ルデスが剣を払う。


 俺もリーナも、傷一つない。

 呼吸も、少しだけ速くなっている程度だった。


 黒い体が光の粒になって消えると、

 広間の端に小さな台座が現れた。


 淡い光に縁取られた、丸い魔法陣。


 「その前に、部屋を一周しておこう」


 三人でボス部屋をぐるりと回る。


 壁を叩き、床を踏み、天井を見上げる。

 隠し扉も、戻り用の魔法陣も、どこにもない。


 あるのは、さっき現れた台座だけ。


 「……戻れそうなの、これしかないね」


 リーナが、魔法陣を覗き込みながら言う。


 「他に選択肢もない」

 ルデスが短くまとめる。


 「三人同時に乗る。いいな?」


 「了解」

 「わかった」


 頷き合い、同時に台座へ足を踏み入れた。


 


 淡い光が、足元から立ちのぼる。


 視界が白く揺れて――


 


◆◇◆◇◆


 


 石の感触が戻る。


 「……通路?」


 リーナが顔を上げた。


 石造りの壁。

 等間隔に並んだ魔導灯。

 少し湿った空気。


 さっきまでとよく似た、“迷宮の通路”が続いている。


 壁の刻印が目に入った。


 《11F》


 「やっぱり、そう来たか」


 ルデスが小さく呟く。


 「十階層のボスを倒した先が、

  そのまま“十一階層への入口”とはな」


 「ちょっと待って」


 リーナが、慌てて周囲を見回す。


 「戻りそうな扉とか、魔法陣とか……

  ほんとに、何もない?」


 俺たちは通路の両側を順番に調べた。


 短い行き止まり。

 分岐。

 壁の目印。


 ――どこにも、出口は見当たらない。


 「……ない」


 リーナの声が震えた。


 「十層まで来ても出口なくて、

  やっとボス倒したと思ったら、次の階層に飛ばされて……

  この先もずっと、“上に進む道”しかないってこと?」


 ルデスはしばらく黙って通路を眺め、それから息を吐く。


 「こんなアイテム、世に出ればそれだけで一生遊んで暮らせる代物だ。

  そんなものを、あの値段で手放す時点で――

  どこかにやばい条件があるとは思っていた」


 「条件が、“入ったら死ぬまで出られない”って、

  さすがに聞いてないんだけど……」


 リーナが、苦虫を潰したような表情になる。


 「少なくとも一つ分かったのは」

 ルデスが続ける。


 「ここまで十層を踏んだ限り、

  この迷宮は“鍛える場”としては本物だということだ」


 「鍛える場ね…」


 リーナが、小さく拳を握る。


 「そうだ」


 ルデスが頷く。


 「ここで立ち止まっていても、出口は現れない。

  帰り道をほぼないと思っていいだろう。

  俺は――先へ進みながら探す方を選ぶ」


 「賛成」


 俺もすぐに答えた。


 「怖いのは怖いけどさ。

  ずっとここにいても何も変わらない」


 リーナが、何度か深呼吸してから顔を上げた。


 「……わかった。

  二人だけに頑張らせるのも癪だしね」


 そう言って、いつもの調子を取り戻そうとするみたいに笑う。


 「その代わり、突っ込んでいくのだけはやめてね」


 「気をつけるよ」


 苦笑しながら答える。


 ルデスが前を向いた。

 「じゃあ――進もう」


 通路は、静かで暗い。

 それでも。


 俺たちは、十一階層の奥へと足を踏み出した。

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