107.ダンジョン箱10F~
石の扉が左右に開き、奥の広間が姿を見せた。
丸い床。
高い天井。
中央だけ、わずかに盛り上がっている。
「……来る」
ルデスが小さく告げた瞬間、
床の紋様がぼうっと光った。
盛り上がった影が膨らみ、形を変える。
黒い毛並み。
赤い双眸。
人よりひと回り大きい、黒いウルフが一頭。
歯を剥き、低くうなりながらこちらを睨んでくる。
「魔力は……そこそこってところね」
リーナが一歩下がり、ペンダントに触れる。
ルデスが正面、俺は右側へ回り込む。
黒ウルフが床を蹴った。
「正面は引き受ける」
ルデスが剣を構え、突っ込んできた体当たりを受け止める。
鈍い音と火花。
だが、足は一歩も下がらない。
その脇を、俺がすり抜けた。
間合いに飛び込み、
右手の短剣で後ろ足を払い、
左の刃で脇腹をえぐる。
黒ウルフの体勢が、ぐらりと崩れた瞬間――
「こっち見なさい!」
リーナの光が、目の前で弾ける。
一瞬、瞳がぶれて動きが止まる。
そこへ、
上から、ルデスの一閃。
横から、俺の突き。
二本の刃が同時に首元と心臓をとらえた。
黒ウルフは短く喉を鳴らしただけで崩れ落ちる。
しばらく様子を見ても、もう動かなかった。
「終わりだな」
ルデスが剣を払う。
俺もリーナも、傷一つない。
呼吸も、少しだけ速くなっている程度だった。
黒い体が光の粒になって消えると、
広間の端に小さな台座が現れた。
淡い光に縁取られた、丸い魔法陣。
「その前に、部屋を一周しておこう」
三人でボス部屋をぐるりと回る。
壁を叩き、床を踏み、天井を見上げる。
隠し扉も、戻り用の魔法陣も、どこにもない。
あるのは、さっき現れた台座だけ。
「……戻れそうなの、これしかないね」
リーナが、魔法陣を覗き込みながら言う。
「他に選択肢もない」
ルデスが短くまとめる。
「三人同時に乗る。いいな?」
「了解」
「わかった」
頷き合い、同時に台座へ足を踏み入れた。
淡い光が、足元から立ちのぼる。
視界が白く揺れて――
◆◇◆◇◆
石の感触が戻る。
「……通路?」
リーナが顔を上げた。
石造りの壁。
等間隔に並んだ魔導灯。
少し湿った空気。
さっきまでとよく似た、“迷宮の通路”が続いている。
壁の刻印が目に入った。
《11F》
「やっぱり、そう来たか」
ルデスが小さく呟く。
「十階層のボスを倒した先が、
そのまま“十一階層への入口”とはな」
「ちょっと待って」
リーナが、慌てて周囲を見回す。
「戻りそうな扉とか、魔法陣とか……
ほんとに、何もない?」
俺たちは通路の両側を順番に調べた。
短い行き止まり。
分岐。
壁の目印。
――どこにも、出口は見当たらない。
「……ない」
リーナの声が震えた。
「十層まで来ても出口なくて、
やっとボス倒したと思ったら、次の階層に飛ばされて……
この先もずっと、“上に進む道”しかないってこと?」
ルデスはしばらく黙って通路を眺め、それから息を吐く。
「こんなアイテム、世に出ればそれだけで一生遊んで暮らせる代物だ。
そんなものを、あの値段で手放す時点で――
どこかにやばい条件があるとは思っていた」
「条件が、“入ったら死ぬまで出られない”って、
さすがに聞いてないんだけど……」
リーナが、苦虫を潰したような表情になる。
「少なくとも一つ分かったのは」
ルデスが続ける。
「ここまで十層を踏んだ限り、
この迷宮は“鍛える場”としては本物だということだ」
「鍛える場ね…」
リーナが、小さく拳を握る。
「そうだ」
ルデスが頷く。
「ここで立ち止まっていても、出口は現れない。
帰り道をほぼないと思っていいだろう。
俺は――先へ進みながら探す方を選ぶ」
「賛成」
俺もすぐに答えた。
「怖いのは怖いけどさ。
ずっとここにいても何も変わらない」
リーナが、何度か深呼吸してから顔を上げた。
「……わかった。
二人だけに頑張らせるのも癪だしね」
そう言って、いつもの調子を取り戻そうとするみたいに笑う。
「その代わり、突っ込んでいくのだけはやめてね」
「気をつけるよ」
苦笑しながら答える。
ルデスが前を向いた。
「じゃあ――進もう」
通路は、静かで暗い。
それでも。
俺たちは、十一階層の奥へと足を踏み出した。




