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104/123

104.1席と4席

 レンが店を出て、戸の鈴が最後に一度だけ鳴った。


 がちゃん、と扉の閉まる音。

 外の足音が遠ざかっていくのを聞き届けてから、店の奥のカウンター裏で男がひとつ伸びをした。


 怪しい魔道具屋の店主は、棚に肘をつきながら、奥の帳場の影へ声を投げる。


 「……これで良かったんか、一席」


 奥の暗がりから、椅子をきしませる音がした。


 「さぁな」


 気の抜けたような声と共に、イオン・グラントが姿を見せる。

 さっきまでフードをかぶっていた男――第一席だ。


 「正解かどうかなんて、終わってからじゃないと分からないだろ」


 「えらい他人事みたいやけど、

  あの箱、世の中に一個しかないんやで」


 店主は、さきほどまでレンが抱えていた木箱が置かれていた場所を指でとんとん叩く。


 「ウチとあんたで、命がけで潜ったダンジョンを、

  丸ごと封じ込めた試作品一号や。

  ダンジョン箱、完成したんも、あれ一回きりやのに」


 イオンは、肩をすくめる。


 「だから渡したんだろ」


 「はぁ?」


 「俺たちが持ってても、もう使わない。

  だったら、次は“どれくらいの奴がどこまで登れるか”を見る番だ」


 「……ほんま、あんたはそういうとこだけ割り切り早いわ」


 店主は、ため息混じりに笑う。


 「みんなの前では、よう言わんくせにな」


 「何をだよ」


 「決まっとるやろ」


 店主は、ちらりとイオンを見た。


 「――妹のことや」


 空気が、少しだけ冷えた。


 イオンは目を細めるが、否定はしない。


 「……あれは俺とお前の間だけの秘密だ」


 短く、それだけを言う。


 「他の奴らの前で、弱みを見せる気はない。

  第一席が、妹の為にー、なんて聞きたくないだろ」


 「諦めきれてへんくせに、よう言うわ」


 店主は鼻で笑う。


 「竜がらみの話聞いたら、未だにちょっとだけ目の色変わるくせにな。

  さっきも、“竜の素材”言うた瞬間、反応早かったで?」


 「……」


 イオンは壁にもたれ、視線を外す。


 「……妹のことは、俺の問題だ。

  助けるかどうか、決めるのは俺であって、

  他やつらじゃない」


 「せやから、みんなの前では黙っとる、と」


 「そういうことだ」


 少しだけ間を置いて、イオンは続けた。


 「弱みを見せたら、つけ込む奴が出てくる。

  第一席がそんな状態じゃ、他の連中も好き勝手やる」


 「“弱みは見せん”、か」


 店主は肩をすくめる。


 「一席やもんなぁ」


 「そういうことだ」


 イオンは、さっきレンが立っていた辺りに視線を落とした。


 「……あいつが、どこまで届くか次第だな」


 「妹さんのとこまで、連れてくつもりか?」


 「さぁな」


 イオンは、薄く笑う。


 「そこまで行ける奴かどうか、あれをクリアできるかどうかだろ」


 「やっぱり、諦める気はゼロやな」


 店主は、呆れたように、でもどこか楽しそうに笑った。


 「そのために、ダンジョン箱までぽいっと渡したんやもんな。

  ホンマ、物好きやで」


 「お前が作ったんだろうが」


 「作ったんはウチやけど、あれを短剣の坊主の“育成用”に使う発想したんはあんたや」


 店主はカウンターに腰を戻し、いつものニヤけ顔に戻る。


 「ほな、見守ろか。

  あいつが、あの箱でどこまで行けるか」


 「そうだな」


 イオンは背を向け、階段へ向かう。


 「……変に手出しするなよ」


 「分かっとる分かっとる。

  またうちに来たら教えるさかい、あんたは待っときな」


 「それだな」


 そう言い残し、第一席は地下のさらに奥へと消えていく。


 店主は、その背中を見送りながら、小さく指を鳴らした。


 棚の上に置かれた水晶が、かすかに震える。


 「――ほな、レンくん。

  うちらの“思い出のダンジョン”、どんな顔して登ってくれるんか……

  じっくり、見せてもらおか」


 甘い香りと、微かな薬品の匂いが混ざる店内で、

 魔道具屋の主は、誰にも聞こえない声でそう呟いた。

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