102.大会の後で
――まぶしい。
目を開けると、カーテン越しに朝の光が差し込んでいた。
鼻の奥に、かすかに薬草と消毒薬の匂い。
(……まだ、生きてるな)
ゆっくり上半身を起こし、肩に手を当てる。
ずきっとした鋭い痛みは、もうない。
代わりに、鈍い重さと、奥に残るだるさだけが残っていた。
「……昨日よりはマシか」
◇◆◇◆◇
その日から、学園は「大剣術祭閉幕特別休暇」に入った。
一週間や二週間じゃない。丸々一か月。
祭りの後片付けと、選手たちの休養。
理由はいろいろあるらしいが、学生側からしたら休みの一言で済む。
寮の廊下では、ぐでっと伸びている剣士もいれば、
「今のうちに実家帰る」「旅に出る」
――そんな声もちらほら聞こえる。
俺はというと、とりあえず医務棟へ向かった。
◇◆◇◆◇
医務棟。
白衣の治癒士は、いつものように眠そうな目でカルテをめくっていた。
「やあ、レン・ヴァルド。
大剣術祭、おつかれさん」
「お世話になります」
ベッドに腰を下ろし、言われた通り上着を脱ぐ。
先生は、肩の傷跡あたりにそっと手をかざした。
淡い光がじわりとにじむ。
「……ふむ。外側はもうだいぶ良くなってるね。
筋肉も骨も、くっついてる」
指先が少しだけ押し込まれる。
鈍い痛みが走るが、前よりはずっと軽い。
「完全に“なかったこと”にはできないけど、
普通に動かす分には問題ない思うよ」
「じゃあ、ちゃんと鍛えればーー」
「そうだ。今の状態から、“使える肩”に戻すのは君の仕事だ」
先生は淡々と続ける。
「最初の一週間は様子見。
重いものは振り回すな。教えた通り、軽く動かして慣らせ。
痛みがきつくなったら、遠慮せず戻ってこい」
「了解です」
肩まわりのストレッチと、軽い筋トレをいくつか教わって、医務棟を出た。
◇◆◇◆◇
中庭では、闘技場の片付けが進んでいた。
組まれていた観覧席が外され、結界装置も解体されていく。
少しずつ、いつもの訓練用の広場の形に戻りつつある。
(……一か月、か)
肩の調整。
足さばきと短剣の見直し。
王の刃の“力”に、もっと慣れること。
やりたいことは山ほどある。
ただ、今は――
「……じっとしてると、余計に考えそうだな」
寮に戻るには、まだ早い時間だった。
俺は学園の門を抜けて、王都の大通りへ出る。
屋台はだいぶ減ったが、
祭りの余韻で人はまだ多い。
「勇者がさ」「優勝したあの剣士がさ」「二刀のやつ見た?」
そんな声を横目に歩いていると――
ほのかに甘い匂いが鼻をくすぐった。
香水とも、露店の焼き菓子とも違う。
薬草に、うっすら甘い香りを足したような、不思議な匂い。
(……なんだ、これ)
足を止める。
風に乗って、その匂いがまた流れてきた。
大通りじゃない。
もっと細い路地の方角からだ。
気づけば、匂いを追うように足が動いていた。
人通りの少ない横道に入ると、甘い匂いはさらに濃くなる。
焼き菓子みたいな甘さの奥に、
よく嗅ぐような薬品の匂いが混じっている。
「……この辺、か」
少し進んだ先に、小さな木の看板が下がった店が見えた。
外からは中の様子がほとんど分からない。
扉の横には、小さくこう書かれた札だけが掛かっている。
――魔道具・古雑貨 買い取り/販売
(怪しい……けど、この匂い、多分ここだよな)
俺はそのまま扉に手をかけた。




