1.小さな村の二つの剣
赤ん坊が生まれた瞬間、その瞳の奥に小さな光が灯る。
その光が言葉となって浮かび上がり、やがて薄く消える。
――それが、この世界における「スキルの授かり」だった。
レン・ヴァルドが生まれた夜。
父ウィル・ヴァルドは、産声を上げた小さな命を抱き上げた。
赤子の瞳に、淡い光が揺れ、文字が浮かび上がる。
《ショートウェポンマスター》
その言葉を見た瞬間、ウィルは静かに息をのんだ。
そして、かすかに笑った。
「……短い武器の達人、か。いいじゃないか。」
外では夜風が木々を揺らしていた。
焚き火の明かりに照らされる小さな命。
ウィルはその額を指でなぞりながら、そっと呟く。
「お前の道は、お前が選べ。たとえどんな武器でも、使いこなせば本物になる。」
その夜、小さな村トルネアに一人の少年が誕生した。
――それから十四年。
空気の冷たい朝、木のぶつかる音が響く。
成長したレン・ヴァルドは、父の庭で一本のショートソードを握っていた。
刃渡りは短いが、幼い頃から使い続けている馴染みの剣。
それは、父から最初に渡された武器だった。
「“ショートウェポンマスター”なんだ。まずは“短い剣”からだな。」
ウィルのその言葉に、レンは素直に頷いた。
そうして、このショートソードで鍛える日々が始まった。
木がぶつかる音が、村の朝に響く。
小さな体で、何百回もショートソードを振り下ろす。
刃の重みが腕に響き、手のひらが赤くなる。
父ウィルはその姿を黙って見守り、時々、短く指摘を入れる。
「肘が上がってる。肩の力を抜け。」
「はい!」
息が荒くなっても、レンは止めない。
だが、《ショートウェポンマスター》が反応することは一度もなかった。
スキルの意味も分からないまま、それでも剣を振り続ける。
昼は畑を手伝い、夜は夕飯を作る。
母の代わりに、六歳の頃から台所に立ってきた。
包丁を握ると、なぜか手がしっくり馴染む。
切る、刻む、捌く。その一連の動きが自然すぎて、自分でも驚くほどだった。
「父さん、肉が固い。どうやって切るんだっけ?」
「刃の先で押すように、滑らせてみろ。」
「こう?」
「おお、悪くない。……お前、包丁の扱いは筋がいいな。」
「剣より上手くなったら笑わないでよ?」
「料理も立派な戦い方だ。人を生かす武器ってやつだ。」
二人の笑い声が小さな家に響く。
その何気ない時間が、レンにとって何より大切だった。
丘の上で風が吹く。
同い年の親友、リアム・グラントが木剣を構えていた。
金色の髪に澄んだ瞳、スキルは《ブレイブソード》。
光をまとう剣士――勇者の家系に連なる少年だ。
「おーい! レン! 今日も手合わせだ!」
「またか。昨日もやっただろ。」
「昨日より今日の方が強いに決まってるだろ!」
「……理屈になってないけど、まぁいいか。」
レンは腰に吊るした練習用のショートソードを抜き、構えを取る。
リアムの剣は力強く、豪快。
レンの剣は冷静で、正確。
勝負のたびに結果は変わらないが、彼らはいつも楽しそうだった。
試合が終わると、二人は草の上に寝転がる。
空が青く、雲が流れていく。
「リアムはすごいよな。剣を振るだけで光るんだから。」
「光っても勝てるとは限らないよ。レンは動きがきれいだし、俺より冷静だ。」
「……褒めても何も出ないぞ。」
「じゃあ、晩飯でも奢ってくれ。」
二人は笑った。
どちらが先に立ち上がるかを競うように、剣を握りしめる。
数日後。
夕暮れの丘で、リアムは少しだけ真剣な顔をしていた。
風が冷たく、空が赤く染まる。
「なぁレン。……俺、王都に行くことになった。」
「……ついに、か。」
「うん。でも、一人で行くのは嫌だ。
一緒に来ないか? レンも冒険者になれるように、父上に頼んでみる。」
「え? 俺が……王都に?」
「お前の剣、俺よりも正確だよ。正直、頼りたいくらいなんだ。」
リアムの瞳は真っ直ぐで、少しだけ不安げだった。
勇者の名を持っていても、彼はまだ十四の少年。
その不安を隠すように、強く笑う。
「……ありがとう。でも俺は、もう少し父さんと修行してから行くよ。」
「そっか。」
リアムは頷き、空を見上げた。
月が昇り、風が草を揺らす。
「じゃあ約束だ。強くなったら、王都でまた会おう。」
「ああ。次は並んで戦えるようになってる。」
二人は拳を合わせ、笑い合った。
その笑顔の奥に、互いへの信頼と少しの寂しさがあった。
夜。
レンは父と並んで夕飯の準備をしていた。
鍋の中でスープが静かに煮立ち、外から虫の声が聞こえる。
父は椅子に腰を下ろしながら、レンの包丁さばきを見守る。
「リアムが旅立つんだ。」
「そうか。いい友を持ったな。」
「俺も、いつか行きたい。」
「焦るな。力は積み重ねた分しか育たない。
お前が歩いた分だけ、お前の剣は鋭くなる。」
「……うん。」
レンは包丁を手に取り、肉を切った。
その手の動きは滑らかで、音も一定。
いつものように淡々と。
けれど、心の奥で何かが静かに動き出しているような――そんな気がした。




