保育園の先生の始まり
保育園の先生を目指した経緯と忘れられない素晴らしい経験。
のちに、適応障害を患うきっかけとの出会いが訪れる・・・
2021年3月。わたしは都内の保育関係の大学を卒業した。
小さいころから歌うことが好きで、音楽を繋げた「保育」の道を目指すことにしたのである。
興味の持った授業は、障害児の保育についてだった。自閉症スペクトラム障害、多動性障害、ダウン症候群など様々な発達障害やそれらの疑いを持つ子どもや保育現場の現状について学んだ。
わたしならどのように接するか、個々の特性への理解、その子の中での成長へ目を向け、愛情で抱きしめること。
わたしが保育士になったら、真剣にそのような理想を取り入れた仕事をしたいと思っていた。
新卒一年目に入社し配属された保育園はでは、一年目から担当クラスに自閉症スペクトラム障害を持つお子さんがいた。
指示が通らない、相手の気持ちがわからない、他害が頻発する毎日に焦り、帰宅後大学時代の教科書を何度も見返し、ネットで調べ、その子の特性を一日でも早く理解することに努めた。
日が経つにつれ、その子との信頼関係は深くなっていった。
3歳で全く話すことのなかったその子は、ある日突然わたしの肩を叩き、「恐竜のおもちゃで遊んでいいですか?」と話しかけてきた。
その瞬間、わたしの考えの全てが変わった。
何度言ってもルールを守れない、相手を押し倒して感情表現をする。
正直、障害がある手前、何も伝わっていないと思っていた。
遊ぶルールや気持ちの伝え方、困ったときの声のかけ方の全てがあの子には伝わっていて、第三者から「出来るようになった」と評価されるまでの過程に時間を要していたのである。
保育って楽しい。保育者の想いはちゃんと、どんな子どもにも伝わる。そんな素晴らしい経験だった。




