8.一人目
王都リオニス・セントラルへ向かう街道は、長い丘陵と深い森を抜ける静かな道だった。ゼクスは重い心を抱えたまま、ゴンドラ付きの馬車の窓からぼんやりと流れる景色を見つめていた。馬車の中には兵士のほか誰もおらず、会話もなかった。風の音と馬の蹄の響きだけが、静寂を切り裂いていた。
(アズマ、クレア……)
仲間と別れた瞬間が何度も脳裏をよぎる。あの二人の目に浮かんだ悔しさ、怒り、そして哀しみ――。そのすべてを胸に刻みながら、ゼクスはただ前を見据えた。
王都への道は、途中で複数の街道が合流する。小高い丘の上に設けられた簡素な宿場で、王都行きの馬車隊が一度停車することになっていた。
日が傾き始めたころ、ゼクスの乗る馬車がその宿場に到着した。警備兵の一人がゴンドラを開け、「少し休憩を取るぞ」と声をかける。
ゼクスが外に出ると、隣の馬車からも誰かが降りてきた。
「ふあぁ……やっと止まってくれたか。尻が平らになっちまう」
軽い口調と共に、大柄な男がぐいと背伸びをした。金色の短髪、鋭い目つき、そして腰には雷紋の刻まれた銀のレイピア。手には革の水筒ならぬ、小さな酒瓶を持っている。
「おい、坊主。こっちの火は使っていいぞ。お前さんも、道中退屈してただろ?」
ゼクスは少し警戒しながらも、礼を言って火のそばに座った。
「ありがとう」
「ん? 丁寧だな。若いのに随分と礼儀正しい。……そうだ、お前、王都行きか?」
「……ああ」
男はにやりと笑い、腰を下ろして酒瓶を傾けた。
「俺もさ。いや、厳密には“迎えに来られた”って言う方が近いな。まぁ細けぇことはいいや。名前はオスカー。気軽に呼んでくれ」
「……ゼクス」
「ゼクスか。なるほど、見たところ旅慣れてはなさそうだな。王都に何か用か?」
「……ちょっとした用で」
ゼクスは視線を逸らし、火に枝をくべた。
「ふむ……なるほど、言えない事情ってやつか。まぁ俺も似たようなもんだ」
言葉は軽いが、どこか飄々とした空気が気になる。年の差もあるはずなのに、なぜか気を許せそうな雰囲気があった。
「……剣を使うのか?」
ゼクスがふと尋ねると、オスカーはレイピアを鞘から少しだけ引き出し、見せつけるように光を反射させた。
「ああ、見ての通りレイピア使いさ。昔は軍人やってた。今は気ままな傭兵ってとこだな。……ああ、それとちょっとだけ、雷の神様に気に入られちまってな」
「……?」
ゼクスの眉がぴくりと動く。
「いや、冗談さ。でもまぁ、雷に縁があるってことにしといてくれ」
「雷……」
ゼクスの中に、啓示の時に聞いた名がよぎる。
(“雷穿竜の器”、オスカー・ブランツ)
だが、確証はない。目の前の男が、あの“器”とは限らない。何より、ゼクス自身もまだ自分の役目すら受け入れきれていないのだ。
「……ゼクス。お前は?」
「え?」
「お前も何か“背負わされてる”顔をしてる。気のせいか?」
ゼクスはしばし沈黙したあと、小さく答えた。
「……俺は、時の竜の器だ」
オスカーの手が止まった。
次の瞬間、彼は酒瓶をひょいと掲げた。
「なるほど、それでこんな険しい顔をしてたのか。そりゃあ、背負うものとしては大きすぎる」
「お前は……」
「察しがいいな。ああ、その通り――俺も竜の器さ。雷のな」
雷が鳴ったような錯覚すら覚える。まさか、こんな形で出会うとは思わなかった。
「……じゃあ、どうして……こんなに、普通なんだ」
ゼクスの問いに、オスカーは少しだけ笑った。
「普通じゃない奴が、全部不幸になるわけじゃない。普通のフリして笑ってる方が、案外いろんなものが見えるのさ」
「……」
「それに、俺は昔から命を懸ける仕事をしてきた。いまさら世界の命運だろうが、怖くはない」
ゼクスは黙ったまま、火を見つめた。その炎の奥に、どこか頼もしさと、悲しみが混じる男の背中が揺れていた。
しばらくの沈黙のあと、オスカーが再び口を開いた。
「ま、王都に行けばまたいろんな奴がいるだろうさ。どんな奴が選ばれたのか、今から楽しみで仕方ない」
「……楽しみか」
「そう、楽しみだ。どうせ避けられないなら、笑ってやった方がマシだろう?」
その言葉が、ゼクスの胸に響いた。
いつの間にか、火は小さくなっていた。