5.覚悟と別れ
爆裂の余波で舞い上がった土埃の中、三人は岩陰に身を潜めていた。
肩で荒く息をするアズマ、矢を番えたまま傷を押さえるクレア、そして汗に濡れた額の下で目を伏せるゼクス。胸の鼓動がひどくうるさくて、呼吸がうまくできない。
(……もうダメだ)
ゼクスは唇を噛み締めた。周囲には魔導兵。崖の上、背後、林の中からも魔力の気配が殺到している。完全な包囲。
そして崖上には、仮面の男――観察官。余裕の笑みすら見せて、全てを掌に収めるような態度で見下ろしていた。
「君たちの抵抗は見事だった。だが、もう終わりだ」
観察官が手をかざすと、空に巨大な魔方陣が浮かび、紫電を帯びた雷の槍が空に生まれる。
「ゼクス・アイゼン。君が大人しく同行すれば、他の者への処罰は免除される。これは最後の提案だ」
(俺が行けば、アズマもクレアも助かる……)
ゼクスは、手に握られた剣を見つめた。
その刃には泥と血と、そして小さな希望が残っていた。
でも、それを振るうには、もう力が足りない。
(俺一人で、これ以上は無理だ)
全身から力が抜けていく。
「……ゼクス?」
クレアが気づいて、声をかける。
その声には、不安と、祈りと、ほんの少しの恐怖が混じっていた。
アズマも視線を向ける。剣を構えたまま、汗だくの顔でゼクスを見つめていた。
ゼクスはゆっくり立ち上がり、剣を地面に突き立てた。
小さな音が、あたりの沈黙を打ち破る。
「俺が……行くよ」
「はっ!?」
アズマが一歩踏み出した。
「バカ言うな!それで済むわけないだろ!」
「そうよ!そんなの、王国の口約束なんて信用できるわけ……!」
「……でも、行くんだ」
ゼクスは微笑んで見せた。
その顔が、あまりにも静かすぎて、逆に言葉を失わせる。
「二人が……ここで死ぬのはイヤなんだ。俺は……そんなの絶対にイヤだ」
「ゼクス……っ!」
クレアの目に涙が滲む。
アズマが叫ぶ。
「ふざけんな!俺たち三人でここまで来たんだぞ!?今さら一人だけなんて……!」
「だから、今まで一緒にいたからだよ」
ゼクスは二人を交互に見つめた。
「俺にとって、クレアも、アズマも、家族なんだ。だから……守りたいんだよ」
「……」
アズマが奥歯を噛み締めた。
クレアはただ黙って、ゼクスの手をぎゅっと握った。
「ゼクス……約束して」
「……うん?」
「絶対、生きて戻ってきて。じゃないと……私、王都に乗り込んででもあんた連れ戻すから」
「……わかった」
ゼクスはその手を離すことができなかった。離したら、もう戻れない気がして。
「クレア。お前は……やっぱ強いな」
「……当たり前でしょ、何年あんたと一緒に森を駆けてきたと思ってんのよ」
観察官の指示で、魔導兵たちが包囲を緩める。
ゼクスはゆっくりと歩き出す。
背後に、アズマとクレアの声が届く。
「絶対、死ぬなよ!」
「ぜってー戻ってこい、バカゼクス!」
ゼクスは振り返らなかった。
もし振り返ったら、もう前に進めなくなる気がしたから。
その背中は、まだ少年のものだった。
だが、確かにその背に――この星の運命が乗り始めていた。