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六人の竜  作者: 春道
第一章 六竜集傑編
13/16

13.王都探索

夜――

王都リオニス・セントラルの明かりは遅くまで街を照らしている。

王城での謁見と宣告、巨大な都市のざわめき――すべてが非日常で、ゼクスはまだ自分が現実の上を歩いている気がしなかった。


支給された宿舎は、王都中央区の外れ、静かな裏通りに建つ白い石造りの建物だ。

村の掘っ立て小屋とは比べものにならない頑丈な扉、柔らかなベッド、磨かれた床。

けれど部屋に一人きりになると、やけに広くて、落ち着かない。


(……母さん、見てるか。俺、本当にこんなとこまで来ちまったぞ)


天井をぼんやりと眺める。

村長に教わった剣の感触、アズマやクレアの笑い声――それらが、もうずっと昔のことのように感じる。


「……寝れるか、こんなもん」


シーツを握りしめ、思わず呟く。

外では衛兵の足音、遠くで祝祭の音楽が響いていた。


夜明けが訪れる頃、ようやくゼクスは浅い眠りについた。


――


翌朝。

宿舎の食堂で簡単な朝食をとった後、侍従から王の伝言が伝えられる。


「これから四年間、諸君らには厳しい鍛錬が課される。だが、その前に、王都の空気に慣れることが肝要だ。

今日は各自、好きに過ごすが良い。王都内であれば外出も許可する」


「休暇、ってやつか……」


ゼクスは呆然としながらも、心の奥底でほっと息をついた。


食堂では、他の竜の器たちもそれぞれの席についている。

シュティアはきちんとした身なりでパンをかじり、レーヴはそばに立ち食事を見守っている。

オスカーはテーブルに足を乗せ、既にワインを空けている始末だった。


「よう、ゼクス。王都のメシ、どうだ?田舎とは違うだろ」


オスカーが笑いながら声をかけてきた。


「まあな。味は……うまいけど、慣れないな」


「そのうち慣れるさ。四年もいるんだからな」


ゼクスは窓から差し込む陽射しを見上げ、

(せっかくだし、ちょっと散歩でもしてみるか)

と立ち上がる。


「どこか行くのか?」


レーヴが声をかける。ゼクスは少し身構えて、


「……街を見てくるだけだよ」


「不用意な行動は控えろ。王都は田舎とは違う」


「心配すんな。何かあったら叫ぶから」


レーヴはじろりと睨むが、シュティアはどこか考え込むように俯いている。


(……昨日はあれだけキツく言われたのに、何なんだろうな)


ゼクスはそう思いながら、重い扉を開けて王都の街へと歩き出した。


――


王都リオニス・セントラル。

大通りには朝市の屋台が並び、果物や焼き菓子、スパイスの香りが入り混じる。

行き交う人々は色とりどりの衣服に身を包み、露天の小さな魔法道具屋では浮遊するランタンや、温度を自在に変える鍋などが飾られている。


(すげぇな……全部ピカピカだ)


ゼクスは素直に感動していた。村にはなかったものだらけだ。


屋台でパンを買い、露店の果物を眺めていると、ひとりの老婆が声をかけてきた。


「若いの、初めての王都かい?」


「あ、えっと、はい……見ての通り、田舎者なんで」


「ふふ、最初はみんな目を丸くするのさ。王都の飯はうまいよ。ここらの蜂蜜パンは評判だし、お祭りの日には焼き肉串もいい」


ゼクスは照れくさそうに礼を言い、蜂蜜パンをひとつ買って歩き出す。

村の屋台とはまるで違う、色鮮やかな祭りのような賑わい。

少しだけ気分がほぐれる。


角を曲がると、手品師の大道芸や、魔法で浮かぶ紙人形のパフォーマンス。

魔法が日常の一部として溶け込む王都の光景が、ゼクスにはまだ夢の中の出来事のようだった。


(魔法使いが本当にこんなに……)


ふと、道端のベンチに腰掛けてパンを齧りながら、

(村のみんなにも見せてやりたいな……)


などと考える。


――


やがて日も高くなり、屋台の数も人の波も増えてきた。

ゼクスは食べ歩きしながら、賑やかな露店通りをあてもなく歩く。


「ちょっと待ってよ、それは三つで一セットじゃないの?」


どこかで聞いた声がした。


ゼクスがそちらに顔を向けると、フードを深く被った小柄な少女が店主と押し問答をしている。


(……あれ、シュティア?)


最初は人違いかと思ったが、亜麻色のボブの髪がのぞいている。


「だから、三つ買ったら少しは安くしてほしいって言ってるのに……!」


「王女様も値切るんだな……」


思わずゼクスは声を漏らす。


シュティアはギクリと振り向き、一瞬ゼクスを睨みつける。


「な、なんであなたがここにいるの?」


「こっちのセリフだろ。王女様がこんなとこで何してんだ」


「見れば分かるでしょ。……お腹が空いてただけ」


どこかムキになって答えるシュティア。

その手には大きな肉まんが三つ。


「全部一人で食うのか?」


「悪い?王女だって、空腹には勝てないの」


思わずゼクスは笑いそうになるが、なんとか堪える。


「……なら、俺ももうちょっと屋台見て回るつもりだけど、一緒に回るか?」


「別に、あなたと一緒にいる必要はないけど……」


言いながらも、なぜかシュティアはゼクスの後ろについてくる。


二人は少し距離をあけて並んで歩き出した――。


王都の賑わいのなか、ゼクスとシュティアは並んで歩いていた。最初こそ距離をとっていたものの、屋台の行列に押されて自然と近づく。

串焼きや焼き菓子、見知らぬ異国のスープまで手に取る二人。ふとシュティアが、ゼクスをじっと見た。


「ねえ、あなた……本当は何を考えているの?」


唐突な問いかけにゼクスは口ごもる。


「何って、腹減ってることくらいしか……」


「違う。そうじゃなくて――」


シュティアは食べかけの肉まんを少し握りしめる。

その横顔には、王城の玉座で見せた“軽蔑”と“苛立ち”がまだ残っていた。


「昨日のことよ。あなた――選ばれたのに、逃げようとした。

自分勝手な理由で、みんなから託された運命から目を逸らした。

……なのに、どうして平然としていられるの?」


ゼクスは立ち止まる。王都のざわめきが一瞬遠のいた気がした。


「平然、なんか……してねぇよ」


声が掠れる。シュティアはじっとゼクスを見据えたまま、返事を待っている。


「正直、怖かったんだ。あんなの、誰だって逃げたくなるだろ。

“命を差し出せ”って突然言われて……俺はそんなの納得できなくて、ただ……」


「ただ?」


「……ただ、仲間を巻き込みたくなかった。アズマやクレア、村のみんなまで危険な目に遭わせたくなくて――

でも……結果的に全部巻き込んじまった。……情けねぇよな」


自嘲気味に笑うゼクス。

その背を、シュティアが黙って見つめている。


「――私だって、怖いわよ」


小さな声で、シュティアが続ける。


「怖いし、悔しい。選ばれたくて選ばれたんじゃない。

けど、それでも私は、みんなの期待や……この世界の未来を守るために、前を向かなきゃいけないと思ってる」


ゼクスは黙って、シュティアの横顔を見つめる。


「……だから、あなたみたいな人を見ると、腹が立つのよ。

ちゃんと向き合ってくれなきゃ、許せないの」


二人の間に、しばし沈黙が流れた。


やがて、ゼクスは静かに言う。


「……悪かった。俺、もう逃げねぇよ。

お前に、そう思われたままじゃ終われねぇからな」


シュティアは驚いたようにゼクスを見上げる。



「……なら、しっかりしなさいよ。私の足を引っ張らないで」


「言われなくても、そのつもりだよ」


ふたりは、もう一度歩き始めた。

王都の喧騒がふたりの背に戻ってきたとき、わずかに空気が和らいでいた。




「……あそこのスープも美味しそう」


シュティアが屋台を覗き込む。店主が大鍋で煮込む、香辛料の効いた白いシチュー。


「……じゃあ、次はそれだな」


ゼクスがひとつ注文すると、シュティアは遠慮がちに受け取る。


「……ありがと」


スプーンですくって一口。

シュティアの目が一瞬、ぱっと輝く。


「おいしい……っ」


思わず、もう一口。また一口――

頬を膨らませて、ふわっと微笑むシュティア。


ゼクスはふと、その横顔を見ていた。

玉座の間で見せた冷たい視線や威厳、村の少年を睨みつけたあの王女が――

今は、どこか無防備に、子どものような素直な笑顔を浮かべている。


(……こいつ、こんな顔もするんだな)


スプーンを口に運ぶたび、シュティアの髪がふわりと揺れる。

「おいしい」

「これも食べてみたい」

目の前の屋台に並ぶ新しい菓子パンにも、興味津々。


ゼクスは思わず笑ってしまう。


「姫さん、よく食うな。村のアズマといい勝負だぞ」


「う……べ、別にいいでしょ。王都に来てから、ずっと緊張してたんだもん」


「そうか。……まあ、悪くない顔してるよ」


ゼクスが何気なくそう言うと、

シュティアは顔を赤らめ、急いでシチューをもう一口飲む。


「――からかわないで」


そう言いつつも、どこか満更でもなさそうだった。



通りの賑わいの中、突然、人混みをかき分けて駆けてくる影があった。


「シュティア様……勝手に抜け出すなど、危険すぎます!」


きりっとした青年の声。

レーヴ・ガラクス――

青い外套、銀の短剣。王都で最も剣技に長けた騎士のひとりが、王都の衛兵を伴い血相を変えてシュティアに駆け寄る。


その視線は、シュティアからゼクスへと釘付けになる。

怒り、動揺、そして深い疑念を含んだ鋭さ。


「どういうことですか。なぜ……シュティア様が“時の器”とこんなところで?」


シュティアは口を開きかけて言葉に詰まる。


「……その、偶然……」


「偶然? そんなはずがないでしょう。

王都の混雑の中で偶然出会い、しかも“仲良く食事をしていた”――

説明してください、シュティア様!」


声が少し震えていた。

レーヴはシュティアの隣に立ち、ゼクスを真っすぐ睨みつける。


「貴様……。

自分が“竜の器”に選ばれたからといって、私の主に近づくつもりか。

下賤の身でありながら、なぜシュティア様と――」


「は? なんだよそれ。偶然会っただけだし、シュティアは自分で決めてついてき――」


「言い訳は無用だ!」


レーヴはゼクスの胸倉を掴む勢いで前に出る。

衛兵が制止するのもかまわず、声が震える。


「村出の貴様が、シュティア様と親しげに並んで歩くなど、絶対に許されない!

お前のような存在が、この王都で、姫様の傍に立つ資格はない!」


ゼクスも黙って睨み返す。

(こいつ、マジで本気で怒ってやがる……)


「別に、俺は“資格”なんて気にしない。選ばれたからここにいるだけだ」


「その選びが間違いだと言っている!」


「やめて、レーヴ!」


シュティアが慌てて二人の間に立ち塞がる。

だがレーヴは、なおもゼクスに視線を突きつける。


「本気で姫様に何かあれば、俺が貴様を斬る。それだけは覚えておけ」


ゼクスは少しだけ身を引きながらも、目は逸らさない。


「脅しは効かねえよ」


「……貴様!」


レーヴの手が剣の柄にかかる――

一触即発。

王都の街のざわめきが遠のき、三人の間にはぴりぴりとした緊張が満ちる。


シュティアは小さく息を呑み、

「お願い、レーヴ。本当に何もしてないの。ただ……王都が初めてで、迷っていたの。ゼクスと偶然会っただけ……」


レーヴはしばらく黙ったままシュティアを見て、ようやくゆっくりと剣から手を離した。


「……姫様のご命令とあらば、従いましょう。ですがゼクス・アイゼン。

私の目の届くところで姫様に近づけば、容赦はしません」


その瞳にはなおも怒りと疑念が残っていた。


ゼクスは大きく息を吐き、

「……上等だよ。俺だって、舐められて終わるつもりはない」


再び街の喧騒が戻ってくる。

だが三人の間に残った緊張は、しばらく消えることはなかった。


シュティアは胸元でパンを握りしめたまま、そっとゼクスの方を見やる。


(私、なぜこの人と一緒にいたんだろう……)


ほんのり残る甘いクリームと、ぴりぴりした空気――

王都の青空の下、竜の器たちの新たな関係が、静かに始まりつつあった。

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