12.集傑
荘厳な玉座の間――
四人の竜の器が王と向かい合う中、広間の扉が再びゆっくりと開かれる。
空気が静かにざわめき、淡い光と紫がかった影が同時に流れ込む。
先に入ってきたのは、白銀の光に包まれた女性だった。
白を基調としたシスター服、長く輝く金髪、透き通るような白い肌。
その手には、大きな装飾杖。静かな眼差しは慈愛に満ちているのに、どこか冷ややかな底知れなさを感じさせる。
「……遅れてしまい、申し訳ありません、陛下」
低く澄んだ声で一礼したのは――
地穿竜の器、シュテルン・ヒンメル。
(――この人が……)
ゼクスは無意識に息を呑んだ。清らかな存在感の奥に、どうしようもなく不穏な影を嗅ぎ取る。「全てを見透かされている」そんな錯覚に陥る。
王は静かに頷き、
「よい、シュテルン・ヒンメル。よくぞ来てくれた」
とだけ返す。
続いてもう一人、黒と紫の法衣に身を包み、ブーメラン型サーベルを背負った少年が現れる。細身の体に白髪が際立ち、その目には飄々とした光が浮かんでいる。
「やれやれ、説教が長くて参ったぜ……。お待たせ、陛下」
口の端に薄い笑みを浮かべながら、彼――炎穿竜の器、ハーデンベルギアは王へと軽く会釈する。
(こいつが……ハーデン。見た目よりも、声が胸に響く感じがする……)
ゼクスの心に奇妙な焦りが走る。
何か、今まで出会ったどんな相手とも違う“底の読めなさ”が彼にはあった。
ハーデンはゆっくりと他の器たちに視線を投げる。
「やあ、“新しい家族”ってやつか。顔ぶれもなかなかだな?」
気さくな調子だが、その目の奥はまるで何もかも楽しんでいるような深さがあった。
その一言で場の空気が変わり、ゼクスは思わず拳を握りしめる。
「――揃ったな」
王が立ち上がると、魔法陣が一段と強く輝きだした。
同時に広間の天井には、壮麗な光霊映像が現れる。
それは「最果ての神殿」――
遥かな北、雪原と断崖に囲まれた巨大な古代神殿。空に交錯する光と闇、星々が渦巻く幻想的な情景。
一瞬、器たち全員の心が、言葉なくその“神聖な孤独”に引き込まれた。
王は静かに語り始める。
「これが、四年後――お前たちが『封印の儀』を執り行う、最果ての神殿だ。
世界の理が集い、あらゆる因果が交錯する場所。選ばれし者だけが到達できる聖域である」
シュティアが息を呑み、レーヴは剣に手を添え、
オスカーはじっと映像を眺め、ハーデンは無言のまま微笑み、
シュテルンは眼を閉じて祈るような仕草を見せた。
王は続ける。
「この四年間、王都での修行は厳しいものとなろう。
だが、己の力を高め、竜の力を完全に目覚めさせねば“儀式”に耐えられぬ。
すでにお前たちは、その力の片鱗を感じ始めているはずだ――
たとえば“時の器”なら、未来の断片。炎の器なら、世界を焼き尽くすほどの熱。
水の器は、生命の流れと共鳴し、
雷の器は閃光の速さで空間を駆ける。
剣の器は斬撃そのものが理となり、
地の器は大地を操る権能を与えられる」
王の声は一段と力を持った。
「この力は魔法の延長ではない。“理”そのものだ。
お前たちが完全に力を制御できなければ、封印の儀は失敗し、
ポラールナハトの封印は解け――世界は再び滅びに向かうだろう」
言葉の重みが、器たちの胸にずしりとのしかかる。
ゼクスは自分の胸の奥に、“何か”が眠っているのを、確かに感じていた。
未来の断片――、誰かの動きが一瞬だけ鮮明に見える予感。
ハーデンは口元を緩めたまま、ゼクスを見つめて言った。
「どうした、怖気づいたか? ……まぁ、俺はこういう“宿命”も悪くないと思ってる。楽しいほうが勝ちだろ?」
ゼクスは反射的に睨み返す。
「……ふざけんな。俺は、俺のためにやるだけだ」
ハーデンは愉快そうに肩をすくめる。
「そうこなくっちゃ」
そのやり取りに、レーヴが間に割って入る。
「軽口は慎め。“竜の器”に選ばれたからには、全てを懸けてこの世界を守る覚悟を持て」
「わかってるよ、騎士様。言われなくても全力でやるさ」
オスカーが飄々と口を挟むと、場の緊張が少しだけ和らいだ。
シュティアはゼクスをまっすぐ見つめて言う。
「私は、あなたのような自分勝手な考えの人と協力するつもりはありません。……でも、使命は果たす。それだけです」
ゼクスは一瞬言葉に詰まったが、すぐに表情を険しくする。
「――俺だって、好きで選ばれたわけじゃねぇ。でも、やるべきことはやる。それだけだ」
玉座の間に一瞬の静寂。
王は全員を見渡して宣言する。
「これが“六人の竜の器”。今この瞬間から、運命は回り始める。
四年間、王都で修行を積み、それぞれの理を極め、最果ての神殿で封印の儀を果たせ」
「最後に伝える。
……長老竜は今、重い眠りに落ちている。
本来なら君たちにも謁見をしてもらう予定だったが、今はそれが叶わぬ」
王の声に一瞬、誰もが静まり返る。
(長老竜が……眠っている”?なにかあったのか?)
子供の頃に何度も母親に話してもらった物語に登場する伝説の存在をこの目で見られないことにゼクスは少し落胆した。
王は穏やかに微笑み、
「お前たちの修行の日々に、王国は最大限の支援を惜しまない。
だが、四年間のうちに何が起こるか――
それは、まだ誰にも分からぬことだ」
その目の奥で、ほんの一瞬だけ何かが揺れたような気がした。
だが、すぐに王の笑みは普段通りの威厳に戻っていた。
玉座の間の外、時を告げる鐘が鳴り響く。
そしてその夜、
ゼクスは眠りの中で、誰かのかすかな声を耳にした。
「……ゼクス……運命を……星を……守って……」
その声が誰のものかも分からないまま、
ゼクスは新たな覚悟を胸に、眠りへと沈んでいく。