変革
あれからどれだけの時間が経ったのかはわからないが、俺は相変わらず拷問される日々が続いていた。
冷たい石の感触で目が覚める。体を起こすと、いつも通りの部屋が目に入る。
他には何もない。
他に…何もない?
おかしい。
なんで、周りの部屋にいた生き物がいなくなっている?
そもそもなんで、俺は自分で目を覚ました?普段は時間関係なく拷問されるから、基本的に起きる時は叩き起こされるのに。
いや、そもそもなぜ見張りの奴がいない?
棒の隙間からできるだけ頭を出し、周りを見渡す。普段騒がしい生き物たちもいない。見張りの奴もいない。それに、普段ついてる火がついてない。
俺でも、なにか異常な事が起こってるとわかる。そういえば、俺が死ぬって話を見張りの奴から聞いたな。もしかして、俺が死んで用がなくなるから見張りの奴がいないのか?それならなんで他の生き物も居ないんだ?
わからない。何かが変という事以外が、何もわからない。
そんなふうに困惑していると、遠くから走ってくる足音が聞こえてきた。咄嗟に俺は、部屋の奥の方に戻る。変に棒の近くにいて、無理矢理な理由で拷問の時間を伸ばされるのは嫌だ。そんな事を考えながら、地面に座って下を向いておく。目線があっても殴られるからそうしておく。
走っている足音はここに段々と近づいてきて、段々とゆっくりになっていった。そして、俺の部屋の目の前で足音が止まった。顔は見ないようにしてに足音の主の足元を見る。その足は、普段拷問してくる奴のいろんなものがついた足じゃなかった。むしろ何もついてなくて、普段見ている───見張りの奴の足とそっくりだった。
もしかして、俺を死なせるためにやってきたのか。それとも、ついに偉そうな奴らだけじゃなくて、見張りの奴みたいな奴らも拷問するようになるのか。そう思いながら、目の前の奴が何かを言うのを待つ。
「よう囚われの主人公。逆転の機会を持ってきたぞ」
俺の耳に入ってきたのは偉そうな奴らの声じゃなく、最近ずっと聞いてきた奴の、優しい声だった。反射的に顔を上げてそいつの顔を見ると、そこにあったのは、やはり見張りの奴の顔だった。
「お前、なんで、いる」
「お前を解放しにきたんだよ。……っつってもわかんねえよな。じゃあ…」
見張りの奴は、何かを使って棒のところにある動くところを動かして、俺を外に出れるようにしてくれた。
そして、俺に手を出して話しかけた。
「お前に、自由を見せてやる」
「自由、を?」
「ああ。お前が気になってた光の先を、一緒に見に行くぞ」
いきなりそんなことを言われて驚いた。光の先を見に行く…。つまり、ここから出られる?いや、もしかしたら何かの罠かもしれない。でも、目の前にいるのはいつも話かけてきてくれていた奴だ。信じた方がいいのか、罠だと思って断った方がいいのか。
少し悩んで、俺は見張りの奴の言葉を信じることにした。
「…わかった。俺も、行く」
俺はそう言って見張りの奴の手を掴んだ。そうすると見張りの奴は思いっきり手を上に上げて、俺を立たせてくれた。
「そういえばお前って走れるのか?」
「多分、無理。いつも、うまく、歩けない」
「なら俺が背負っていく。ほら、乗れ」
見張りの奴は、そう言うとしゃがんだ。俺はその背中に身体を預けると、見張りの奴は立ち上がって足を持った。なんだろう。よくわからないけど、ちょっとほっとする。
「片方の手は俺を掴んでおけ。で、もう片方は頭の上に乗せとけ。なにが起こるかわからん」
「わかった」
「よし、全力で走るからな。振り落とされるんじゃねえぞ!」
見張りの奴は、めちゃくちゃな速さで走り始めた。高いところから落とされた時みたいな風が顔にあたる。でも、見張りの奴は俺のことをしっかり掴んでいてくれた。
すごい速さを維持したまま扉を抜けると、眩しくて思わず目を閉じてしまった。ゆっくり目を開けると、そこはいろんな物が置いてあったり何か壁に書かれていたりする部屋だった。何があるのかは、速すぎて見えなかった。
周りからは何かを叫んだり、何かを壊すような音が聞こえてくる。見張りの奴はその音がたくさん聞こえてくる方に向かって走っている。そっちにしか道がないのだろうか。少し怖いけれど、今はこいつを信じるしかない。
大きな扉の前で、一度立ち止まる。
そっと外の部屋を覗き見ると、そこでは大勢が戦い合っていた。
「チッ、状況は最悪だな…。出口はここしかねえから無理にでも抜けるか?いや、それだと味方の誤射が怖えな…。どうすべきか…」
少しして、とても大きな音が鳴り響いた。それと同時に、叫び声が至る所から起こった。
「うわっ…」
「なんだ!?って、天井がぶっ壊れたのか。ちょうど視界も悪いし行くなら今だな。しっかり掴まれ!」
見張りの奴は、すぐさま砂埃の中を走って行った。俺は背中に掴まるだけで精一杯で、周りの状況をよく見れなかった。目を閉じて、ただこいつを信じる事しかできなかった。
*
見張りの奴が走り続けて、一体どれくらいの時間が経っただろうか。
叫び声や何かが壊れる音はだんだんと遠くなって行って、今では集中してやっと聞こえるくらいだ。
見張りの奴はゆっくりと俺を降ろすと、軽い口調で話しかけてきた。
「おう。まだ目ぇ閉じてんのか?もう安全だ。だから、目を開けてみな」
見張りの奴にそう言われ、ゆっくりと目を開ける。
光が眩しくて、思わず目を閉じてしまった。もう一度、今度はゆっくりと目を開ける。
そこには、緑色の地面に、青い空が広がっていた。
部屋の中にいた俺が望んだ、光が入ってくるところの先。それを、今この目で見る事ができた。
ああ。
どうやら俺が思っていたよりも、世界というものはすごいものみたいだ。
「そういえばよ、お前ってこの先行くあて…は、ないわな。そりゃそうだ。って事で、お前に提案だ。俺について来ねえか?一緒に世界を見に行こう」
俺が周りの景色に見とれていると、見張りの奴がそう言ってきた。
世界を見に行く、か。俺は、この世界について何も知らない。だから、もっと知りたい。
「わかった。俺も、行く」
「そうか。ありがとうな。そういえば、お前って名前はあるのか?」
「なまえ…わからない。でも、呼び方、ある」
どうやって生まれたのか、どうやって生きてきたのか、どうして拷問を受けるようになったのか。何も知らない俺が、唯一覚えている言葉。
「キャロル。これ、呼び方」
「そうか。俺も名乗っておかねえとな。俺の名前はギムレット。これからよろしくな。キャロル」
「よろしく。ギムレット」
こうして、俺と見張りの奴改めギムレットとの、長い旅路が始まった。
*
「よおギムレット!そいつが例の奴か?聞いてた割に貧相な身体してんな。飯食え飯。身体デカくなんねえぞ」
「せめて返答を聞いてから次の話をしろよ馬鹿野郎」
「誰が馬鹿だ!勝手に雑兵になったお前に言われたくねえ!」
「俺は望んでそうなったわけじゃねえんだよ脳筋野郎!」
ギムレットに連れてこられた先で、俺は全身を何かで覆っている奴に思いっきり背中を叩かれたと思ったら、そいつとギムレットが言い合いを始めた。
「すみませんね。この馬鹿どもは2人揃うといつもこうなって」
「「誰が馬鹿だ!」」
「じゃあせめて時と場所を考えろ」
「…大丈夫。俺、気にしない」
「そうですか。紹介が遅れました。私の名前はミーシャ・ローゼス。気軽にミーシャと呼んでください」
「俺、キャロル」
「キャロルさん…と言うのですね。あちらにいるギムレットさんと小競り合いをしている鎧を着たのはエルメスといいます。今後は我々が、あなたを支えます」
ミーシャはそう言うと、俺に向かって微笑んだ。ギムレットの仲間だろうから、悪い奴では無いんだろう。だけど、どこか怪しいというか、作り笑いのような気がしなくも無い。
少しして、ギムレットが俺の方に向かって歩いてきた。
「キャロル、俺らは少しの間ここで暮らす。んでもって、大体1ヶ月、30日。それくらい経ったらここを出る」
「そう。わかった」
「前々から聞いちゃいたが、本当に出ていくのか?正直、神輿でもいいから残って欲しかったが」
「勘弁してくれ。俺は英雄でも王でもない、ただ周りより力のある一般人なんだよ。ルールを作るより、ルールを守る方が性に合ってる」
「そうか。そういやお前は…キャロル、つったか」
ふと、さっきギムレットと言い合いをしていた奴が俺に向かって話しかけてきた。
「そう。お前、エルメス?」
「ああ。エルメス・フリオーソだ。お前にひとつ頼みがある。ギムレットは1人で抱え込みすぎるところがあるんだ。だからここを出て、旅をする時はお前が支えてやってくれ」
「わかった。ギムレット、ささえる」
そうしてしばらくの間、俺はギムレット達に世話になる事になった。
ギムレットが話しかけてきた時から薄々気づいてはいたけれど、ちゃんと優しい人間はいるんだと、そう心から思い、安心することができた。




