日常
「お前は産まれてはいけなかったんだ!!」
「近寄るな!穢らわしい」
「せめて我らの玩具になれ!」
「何故お前はのうのうと生きて居られる!」
「「「「消えろ!」」」
俺は、物心ついた頃には既に拷問を受けていた。
理由なんて知らない。
目を合わせただけで殴りかかってくるような奴らのことなんて理解できるわけがない。
ただひとつ俺ができたことは、この地獄が終わってくれと願うことだけだった。
*
いつも通り部屋に放り込まれ、地面を転がる。すぐに壁にぶつかり、俺は小さくうめき声をあげる。
「ほらよ。ったく、なんで俺がこんなのの面倒を見なきゃなんねえんだ…」
見張りの奴がそう言いながら、こちらに何かを投げつけてくる。確認すると、それはいつも通りのカビたパンだった。
俺は何も言わず、石でできた地面に座るとカビたパンを口に運んだ。
不味い。でも、これが俺の唯一の食糧だから文句を言わずに受け入れる。
いつになったら、俺は解放されるんだろうか。
いつになったら、意味のない拷問が終わるんだろうか。
*
「おい。おい!起きろクソ野郎!」
見張りの奴の大声で目が覚める。いつの間にか眠っていたらしい。俺は体を起こしてそいつの方向を向く。
見張りの奴は、頭をかきむしった後大きなため息をついてから、俺に話しかけた。
「ひとつ情報が入った。大事な話だからよく聞いとけ。今度の王朝会議の結果次第でお前が公開処刑されるかどうかが決まる。処刑を免れても今よりも最悪な状況にはなるぞ」
何を言っているのかわからない。大事な話ってのはわかった。それ以外でわかったのは、何かが決まるって事だ。俺が首を傾げながらそいつの方向を見ると、そいつはまた大きなため息をついて話し始めた。
「そういやコイツ乞食よりも学がねえんだったな…。いいか、今度、お前が、死ぬかが決まる。死ななくても、今よりも、状況は、悪くなるからな。」
ああ。噛み砕いて言ってくれたおかげで、なんとなく意味がわかった。
ようやく、死ねるのか。
見張りの奴の言葉を聞いたあと、また何もない壁をずっと見ていると、見張りの奴が話しかけてきた。
「お前は、死ぬのが怖くねえのか」
唐突に、そう聞かれた。
「俺は怖い。同僚が無意味に殺されそうになったから助けようとして、結局殺すと脅されて引っ込んだ小心者だ。だから、余計にわからねえ。なんでお前は殺されるかもしれねえって言われても、いや、拷問され続けても感情が揺らがねえんだよ」
俺は少し言葉の意味を考えた後、そいつに向かって話し始めた。
「死ぬ、楽だから」
「うおっ!?お前、喋れんのかよ!」
「話す、殴られる。だから、話さない」
「そうか…。で、死ぬのが楽…ってどういうことだよ」
「拷問、いや。拷問されない、いい」
「そうか」
見張りの奴はそれだけ言うと、また柱の前に立って見張りを始めた。
なんなんだ、コイツは。
「お前は」
見張りをしながら、見張りの奴が話しかけてきた。急だったから少し驚いたが、気にせずにその後の言葉を聞いた。
「もし…殺されるか、自由…拷問もされない、飯も美味いのが食える、自分で好きなことできるような生活ができるようになるかを選べと言われたら、どっちを選ぶ」
俺は少し悩んで、もし仮にその自由って奴になった自分を考えてみた。どちらを選ぶかと言われれば、俺は─
「……自由。光の先、見たい。その後死ぬ、いい」
「…そうか。お前も、例え親が魔神だとしても、子供だもんな」
その日は珍しく誰も拷問をしにくることはなく、何もないまま1日が終わった。
この時の俺は知らなかったが、この日は嵐の前の静けさだった。そして、今日を境に外の世界の情勢も変わっていく。だが、俺は翌日あるであろう拷問に対し、憂鬱になるだけだった。
*
「何故!お前は!のうのうと生きていられるんだ!お前など!死ねば良かったのだ!」
「……うぐっ…………」
数日後。
俺は今までよりもいっそう酷く拷問を受けていた。普段はひとつかふたつ拷問するくらいだったのに、今日だけで水責め、火炙り、鞭打ち。それ以外にもたくさん拷問を受けた。
それにいつもよりも拷問してくる人が多い。今日は何故かたくさん人がいた。
理由はわからない。もしかしたら何か理由を言ってるのかもしれないけれど、俺は言葉の意味が理解できないからわからなかった。
「ゴミが。まあ、もうすぐお前の顔を見ることは二度となくなるからいいものの…」
「ようやくコレの処刑が決まりましたからな。教会の説得は苦労しましたわい」
「しかし、魔神の子供とはいえ、どうやら出来損ないだったようだ。神の力も使えない、凄まじい力があるわけでもない。魔神も難儀だな」
「処刑の暁には盛大な宴を開きましょうぞ」
「それはいい。卿らがひらいてくださるのですかな?」
「ええ。秘蔵の酒も持ち出しましょう」
「それは楽しみだ!はっはっはっは!」
そんな会話をしながら、拷問してくる奴はどこかへ行った。
その後俺は腕を拘束されて、いつもの部屋に連れて行かれた。
いつも通り部屋に投げ込まれて、地面を転がる。少しして、俺を連れてきた奴と見張りの奴が何か話し始めた。
「しっかしお前も難儀だな。こんなのの見張り命令されてよ」
「うるせぇよ。お前も知ってんだろこの国の腐り具合は」
「そりゃあ知ってるけどよ。お前もあんな事したらこうなることはわかってただろ。むしろ俺はいまだにお前が殺されてねえ事が謎だよ」
「……もういいだろ。帰った帰った」
「あ、そうそう。そいつ、処刑が決まったらしいぞ」
「……は?おいそれマジか!?」
「おいおいどうした。マジだよ。お偉い様がたが言ってた。多分だが、処刑まであと一週間くらいじゃねえか?」
「そうか。すまない、ありがとう」
「おう。お前も気をつけろよ」
そう会話を交わした後、俺を連れてきた奴はどこかへ行った。俺を連れてきた奴が遠くへ行った後、見張りの奴はうつむいて何かぶつぶつと呟いていた。
俺はそんなのも気にせず、冷たい石の上で眠った。
*
この国は、クソだ。
国王が政治を行わず、側近が実権を握っている。そして逆らう者は排除、左遷、酷い時には言いがかりで処刑したこともあった。こんな状況で民が裕福になるはずもないのに、上は民から取れるだけ搾り取っている。
俺も、その被害者の1人だ。理由は命令違反。といっても、例に漏れず言いがかりだが。
これでも俺は、少し前までは名の知れた兵士だった。その強さを買われ、いつの間にか部隊を指揮する立場になっていた。そして、数日前に終わった隣国との戦争。結果は自分たちの勝利だった。そして、帰還して言われた言葉が。
「なぜ敵国兵士を皆殺しにしなかった!これは重大な命令違反だ!処分を覚悟しておけ!」
そう怒鳴り散らかした、国王の言葉だった。それを聞いた時、もうこの国は長くないんだと、そう直感で理解した。俺が受けた命令は『敵国の首都近郊まで前進し、降伏宣言を受け取れ』というものだった。
そもそもこの時点で狂った命令なのだ。敵国の首都まで馬車でなんの問題もなく進んだとしても、1日はかかる。それを抵抗する敵兵士と戦いながらとなれば、さらに時間がかかることは自明の理だった。
そもそもこの命令自体が、俺という存在を無いものにするための物だったのかもしれない。
左遷先は、とある奴隷の見張りだった。俺は言われずとも、それが“魔神の息子”であると察した。奴隷1人に見張りを常につけるのは、明らかに過剰だ。それが必要なのは、コイツ以外にいなかった。
「…自由。光の先、見たい。その後死ぬ、いい」
「…そうか。お前も、例え親が魔神だとしても、子どもだもんな」
殺されるか、自由を選ぶか。
そんな質問に対し、魔神の息子はそう答えた。確かに、魔神は人間に危害を加え続けていたのは変えられない事実だ。だが、コイツはどうだ。少なくとも、誰かを恨んでいるようには見えない。あれだけの拷問を受けていてもだ。
少なくとも、俺は今のコイツが脅威には見えない。親が悪だったからと言って、子どもまで悪になるとは限らない。毒だってちゃんと使えば薬になるんだ。ちゃんと教育すれば、頼もしい味方になるかもしれない。
しかし、それを実行するには、少なくともこの国の上層部を変えないといけない。
俺は、とある古い友人に手紙を送った。返事はしばらく先になるだろうが、俺は待とう。
俺はもう、逃げるのはやめる。
起こすぞ。革命を。




