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学校の王子様に可愛いと言い続けたら、学校一の美少女になっていた  作者: 本町かまくら
五章 彼女のぬくもりに、彼は思う

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第三十九話


 荷物を車から降ろす。

 

「忘れ物はないわね~?」


 俺たちが頷くと、真理恵さんはバタンと車の扉を閉めた。


「あっという間だったな~! なんか寂しぃ~」


「大丈夫ですよ真理恵さん! 私はいつでも来ますし!」


「愛佳ちゃん……!」


「真理恵さん……! ぎゅっ!」


「ぎゅぎゅっ!」


 宇佐美と真理恵さんが名残惜しそうにハグを交わす。

 何を見せられてんだ俺たちは……。

 ってか、この二人短期間で仲良くなりすぎだろ。

 やはり同じ属性だったか。


「お世話になりました」


「ありがとうございました」


「またね、真理恵さん!」


「いつでも来な~!」


 各々ぺこりと頭を下げる。

 俺もしっかりと伝えるべきことは言っておこう。

 

「色々とありがとね、真理恵さん。かなり無茶ぶりだったとは思うけど」


「別にぃ? これくらいお姉さんとして当然だし」


 頑なに“叔母さん”とは言いたがらないんだよなぁ、この人は。

 さて、そろそろ電車が出発する時間だ。


「じゃ、また来るよ」


 そう言って駅の方に向かって歩き出す。

 すると、


「太郎!」


 真理恵さんが俺の名前を呼ぶ。

 世界でただ一人、“真理恵さんだけ”が呼ぶ俺の名前に引き留められて、振り返る。

 真理恵さんは腰に手を当てて、にひっと眩しいくらいに笑って言った。





「ちゃんと太郎の周りには“いる”わよ!」





 真理恵さんの言葉に、思わずふっと笑みがこぼれる。

 なんてあいまいな言葉なんだろうか。

 それに脈絡だってない。


 ……それでも。

 真理恵さんの言葉が、言葉以上にそこに含まれた“何か”を教えてくれる。

 ふっと心が軽くなる感覚。

 そうだ。俺にはちゃんと“いる”。


 隣に立つ遠坂を見る。

 遠坂は俺の視線を受け止めて、優しく微笑んだ。

 今、俺たちの間に言葉は必要ない。

 それほどに昨夜、言葉を交わしたから。

 

 そっか。

 俺の知られたくない部分をさらけ出すと、こんな風に思えるのか。

 何だがすごく心強くて、ふと我に返ったとき、そういう人に支えられて立っているんだなと気が付く。


 うん。大丈夫だ。

 俺はきっと――大丈夫だ。


「また!」


 真理恵さんに手を振る。

 すると真理恵さんは子供のような笑みを溢れさせながら俺たちを見送ってくれたのだった。





     ♦ ♦ ♦





 電車がガタンゴトンと音を鳴らして進んでいく。

 

 走り初めて三十分。

 昨日の疲れが残っていたのか、私以外はみんな寝てしまった。


「楽しかったな」


 時間的に考えれば長くない。

 それでも密度が濃くて、色んな事があって。

 すごくいい旅行だったと胸を張って言える。


「ん…………」


 前に座る藤田くんが電車の揺れに合わせて体を揺らす。

 初めて見る藤田くんの寝顔。

 いつも助けられてばかりいて、その大きくてたくましい背中を追いかけていたから気が付かなかったけど、彼も案外幼い顔をしている。

 藤田くんも、まだまだ転んで起き上がる、私と同じ“子供”なんだ。


「ふふっ」


 すっきりとした寝顔。

 ずっと見ていると、体の内側から衝動が沸き起こってくる。 

 いいの、かな。

 でも今みんな寝てるし、藤田くんもぐっすり眠ってるし。


「……ごくり」


 もう一度みんなが寝ていることを確認してから、少しだけ体を藤田くんに近づける。

 そして藤田くんの前髪に手を伸ばし、少しだけずらした。

 

 より露わになる藤田くんの顔。

 ……愛おしい。

 こんなにも寝顔を愛おしいと思えるなんて、すごいことなんじゃないかな。

 そんな気がしてくる。


「…………」


 私は我慢できなくなって、藤田くんの前髪を元に戻してから手を握った。

 ゴツゴツしてて、力強そうな手。

 私はドキドキ鳴っている胸の鼓動を紛らわせるように息を吐き、握る力を少し強める。



「頑張れ、藤田くん」



 彼の力になれるように、思いを込める。

 きっと藤田くんなら大丈夫だよ。

 だから――頑張って。





     ♦ ♦ ♦





 電車が揺れながら進んでいる。


 朧げな意識。

 夢か現実か判別ができない。


 そんな中で、ふと手に触れる柔らかな感触を感じた。

 触れた先が温かく、穏やかな気持ちになる。



 ――頑張れ、藤田くん



 かすかに聞こえる、耳なじみのある声。

 遠坂、なのかな。


 なんだろう。

 不思議と力が湧いてくる。

 それになんだか、すごく幸せだ。

 そっか。ってことは夢なのか。

 残念な気持ちになる。

 でも……まぁ、そうだな。




 これが夢じゃなかったらいいのに。




 そんなわがままを思いながら、俺は眠気に体を預けた。





     ♦ ♦ ♦





 家に帰ってきて。


 いつも通りご飯を食べ、風呂に入り。

 海が寝たのを確認してから、リビングの電気を一つだけつけた。


 ぼんやりとした光の中、ダイニングテーブルの椅子に座りコーヒーを飲む。

 ほっと一息つく。

 それなのに心は落ち着かなかった。

 嵐のようにざわついていて、心の中に波紋が広がっていく。



 ――ガチャ。


 

 玄関から音が聞こえてくる。

 体が一気に硬直して、気が引き締まる。

 逃げたい。……けど、逃げない。

 俺はやるって決めたんだから。

 それに大丈夫だ。だって俺にはちゃんと“いる”。


「ただいま……って、林太郎?」


 父さんがスーツ姿でリビングに入ってくる。

 俺は立ち上がり、今度は目をそらさずに言った。



「話があるんだ、父さん」




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