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第三十二話


 セミの鳴き声が、うるさいくらいに響いていた。

 

 照りつける太陽の日差しに目を細めながら、いつもより重い鞄をずり上げる。

 凄まじい解放感と、一歩踏み出すごとにじりじりとせり上がっていく高揚感。



「遂に、遂に……夏休みだーッ!!!」



 それを真っ先に外に出したのは西原だった。

 

「ヤバいよどうしよう! もう夏休みだよ⁉ 高二の夏休みだよ⁉」


「いつもの二倍はやかましいな」


「そうだぞ西原。暑いから落ち着け」


「逆に二人は落ち着きすぎじゃない⁉ 遠坂さんもそう思うよね⁉」


「私⁉ ま、まぁ……子供らしくはないよね」


「香子のそのセリフが子供らしくないよ⁉」


「えぇ⁉」


 ガヤガヤと五人で廊下を歩く。

 しかし、五人、それも豪華なメンバーで盛り上がってもなおそこまで目立った様子はなかった。

 

 なぜならみんなが西原に負けない熱量で、待望の夏休みを歓迎していたから。

 いつにも増して校内は騒がしく、活気に満ち溢れている。


「いやぁ~やっぱり、高二の夏休みと言えば恋! 近づく男女の距離だよな~!!!」


「「っ!」」


 思わず体が反応してしまう。


「どうした林太郎? 遠坂さんも、ちょっと顔赤くないか?」


「べ、別に? やっぱり暑いからかなぁ……」


「……同感だ。廊下だとエアコン効いてないしな」


「ね、ねぇ?」


「お、おう」


 遠坂とぎこちなく笑みを交わす。 

 別にやましいことなんて何もない。ただやはり、脳裏をよぎっていたのは先日の遠坂の言葉だった。



 ――あのさ! これから私のこと、女の子として見てほしい!!! 一人の、女の子として!!!



 あれから男女という意識をしてしまうと、妙に体の調子がおかしくなる。

 謎だ……もしかしてこれが夏風邪ってやつか?


「でも、とうとう彼女ができなかったよ……ちきしょうっ!!!」


「あははっ、どんまい壮馬。お前ならそうだと思ってたよ」


「どんまいと後ろが噛み合って無くない⁉ というか、そういう玲央も彼女できてないだろ⁉」


「あははっ、それを言われると何も言い返せないな」


「でも旭日は作らないだけでしょ? 聞いたよ。ついこないだ隣のクラスの坂崎ちゃんに告白されたって。この色男め~!」


「坂崎さん⁉ めちゃ可愛いあの子が⁉ 玲央……仲間だと思ってたのに! このイケメン! イケメンめ!」


「西原、後半悪口になってないぞ。単なる誉め言葉だ」


「はっ! ハメやがったな!」


「ハメてないねぇわ!」


 とはいえ、玲央が別に告白されたとて驚きはしない。

 玲央は昔からモテる。それはそれはモテまくる。

 でも一向に彼女を作る気配がない。だからおそらく、今回も……。


「旭日くんは結局どうしたの? 坂崎さんに告白されて」


「それは……まぁ断ったよ。申し訳ないけどって」


「な! お前! こ、この野郎!!!」


「しょうがないだろ? 好きでもないのに付き合う方が悪いって」


「……た、確かに」


 意志弱いな、こいつ。

 再び西原はうなだれると、思い出したように俺の方を見た。


「そういえば、林太郎は何もないん? お前って玲央の陰に隠れてるけどモテるじゃん?」


「いやいや、俺は別に……」



 ――私のこと! 女の子として見てくれてる?



 ふと思い出される、遠坂の言葉。

 急に言葉が喉元で止まってしまう。


「え、何その間! なんかあるの藤田ぁ~?」


 宇佐美がからかうように俺の顔を下から覗き込む。


「いや、なんもない。ちょっとむせかけただけだ」


「ほんとかなぁ?」


 今度は玲央が含みのある視線を向けてくる。


「ほんとだって!」


 視線を二人から逃がそうと別の方に向けると、ちょうどそこには遠坂がいて……。



「「っ!!!」」



 再び交わる視線。

 反射的に目をそらす。


「そっか~何もないか~! よしっ! 救われた!!! サンキュー林太郎!」


「お、おう」


 意味の分からない感謝を西原にされつつ、俺は頭の中で繰り返される遠坂の言葉を必死にかき消した。

 やっぱり変だ。病に侵されているに違いない。


 それからもワイワイと歩きながら、途中で西原と別れ。

 四人で話しながら、夏の日差し降り注ぐじめじめとした帰路を進んでいく。


「そういえば、みんな夏休みの予定とか決まってるの?」


 ふと宇佐美が切り出す。


「俺は家族で旅行に行ったり、じいちゃんばあちゃんの家に帰省するくらいかな」


 玲央が額に滲んだ汗をぬぐいながら答える。


「私もそんな感じ」


「藤田は?」


「俺は……特にないな。たぶん家にいると思う」


「高二の夏休みに⁉ もったいないなぁ」


 こればっかりは仕方がない。

 だって家族で旅行することなんてないし、祖父母の家は旅行という距離ではない。


「でもま、私も高二らしい予定はないし、なんかもったいないな~って思うわけだよ」


「珍しいな。宇佐美ならいわゆる“青春”、みたいな予定を詰め込んでるかと思ってたよ」


「おい旭日、その言い方に悪意を感じたんだけど?」


「考えすぎだから。なに敏感になってんだよ。思春期か」


「ほらぁっ!!!」


 ガミガミと言い争う宇佐美と玲央。

 なんかこの二人、いつの間にか仲良くなってないか?


「でも確かにそうだね。みんなで旅行とか行けたら楽しいんだろうけど」


 ふと遠坂が呟く。

 すると宇佐美と玲央は争いをやめた。


「それだよ! 旅行! めっちゃいいじゃん!!!」


「え? そう?」


「うんっ! 旅行行こう! 旅だ! 旅だーッ!!!」


 暑さに負けず、宇佐美だけ空に向かって拳を繰り出す。

 

「ま、確かにいいかもね。せっかくだし」


「旭日! アグアグだね?」


「アグアグ」


 だからそれどこで流行ってんの?


「じゃ、諸々計画を立てよー!」


「おぉー!」


 かくして、宇佐美のほぼ独断で旅行することが決まった。










「旅行、ねぇ」


 体からの熱気と一緒に言葉を漏らす。

 ようやくの思いで家に帰ってきたわけだが、家はいくらか外よりマシなだけでムシムシと熱気が充満していた。


 急いでクーラーのリモコンを手に取り、冷房を回す。

 しかし、電源を入れたとてすぐに涼しくなるわけではなく、応急処置として冷蔵庫を開いた。


「涼しっ」


 ひんやりと冷気が頬を撫でる。

 麦茶を手に取り、コップに注いで一気飲み。これがたまらない。


「麦茶の最高到達点は、間違いなく夏の帰宅後の一杯だよな」


 なんてことを呟いていると、電話が鳴り響いた。 

 手に取り、電話に応じる。


「もしもし?」


『あ、太郎? 久しぶりぃ』


 この世で俺のことを太郎なんて呼ぶ人は一人しかいない。


「お久しぶりです、真理恵さん」


 真理恵さんは俺の母さんの妹だ。


『元気にしてる? 夏にも負けず』


「夏にも負けず、雨にも負けずだよ。で、どうした?」


『早速本題とは、相変わらず遠回りを嫌うなぁ~! 女の子に嫌われちゃうぞ? 女の子は遠回りが大好きな生き物なんだから』


「真理恵さんの遠回りはもう遠すぎるんだよ。で、本題は?」


『ぶぅー釣れない甥っ子! まぁいいわ。夏休み暇でしょ? 私の家に来なさい。海ちゃんと』


 真理恵さんの家はここから電車で二時間ほど。

 たまにこうして御呼ばれして、海と二人で行くことがある。

 しかし、今回はなんとも急な……。


『別に女の子連れてきてもいいのよ? 私の家、無駄に広いし。近くには海水浴場もあるしね!』


「何言ってんの。俺にそんなこと……あ」


 ふとひらめく。

 頭の中で繋がる先ほどの会話。


「じゃあ連れていくわ、女の子」


『……へ?』



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