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第三十話


 遠坂が足を止める。


 俺からは見えない瞳の先にいたのは、同い年くらいの女子三人組だった。

 そのうちの一人が遠坂に気が付くと、あっと声を上げる。


「あれ? もしかして……遠坂さん⁉ やっぱそうだ!」


 パーッと遠坂の下に駆け寄ってくる。

 それに釣られて他の二人もやってきては、同じように声を漏らした。


「遠坂さんだ! 久しぶり~!」


「小学校卒業以来だよね⁉ びっくりなんだけど~!」


 勢いに気圧されている遠坂が、ようやく口を開く。


「ひ、久しぶりだね」


「ってかすぐわかったんだけど! ヤバめっちゃ綺麗! モデルかっての!!!」


「小学生の頃から綺麗な顔だとは思ってたけど、まさかここまで成長するなんて……身長も高いし、なんていうか――“カッコいいね!”」


 遠坂がピクリと反応する。

 しかしいつものように、


「あははっ、ありがとう」


 そのあまりの自然さに、どれだけ遠坂がそう答えてきたのか分かってしまう。

 きゅっと胸を締め付けられるような感覚。


 一体、彼女は今――


「でもなんかイメージ変わったっつーか?」


「わかる! もっとボーイッシュな感じかと思いきや女の子っぽい格好してるじゃんね!!!」


「スカート履いてるし? 小学生の頃じゃ考えられなかったよね~! いつもズボンばっかだったし、髪も今よりもっと短かったしね!」


「あはは、そうかも」


 遠坂の表情は見えない。

 それでもその背中に落ちる影は深く、黒い。


「でもそういう感じになったんだ~! いや、悪くないと思うよ? でもそっかぁ」


 女子三人組が顔を見合わせる。

 そして世間話をするように、さりげなく言ってのけたのだった。



「遠坂さんは可愛い系じゃないと思うけどね!」



 その一言が、鉛のようにずしりと俺の心に沈む。

 

 きっと彼女たちに悪意はない。

 ……でも、だからと言って言葉は誰かを傷つけることを許されるわけじゃない。


「そっか。そうだよね」


 短く発せられた言葉。


 以前、一緒にアイスを食べながら夜道を歩いたあの日。

 遠坂から聞いたエプロンの話を思い出す。


 きっと今のように、遠坂は受け入れてきたのだ。

 周囲からの声を。自分は女の子らしくないのだと。

 

 でも俺は知っている。

 


 ――もう随分と女の子から遠ざかったなぁって、今少し思った。


 

 そう呟いた遠坂の、物寂しそうな表情を。

 

 さらに俺は知っている。

 今日だけでもたくさん知ったのだ。


 ――遠坂の可愛さを。


 一体、彼女は今どう思っているのだろう。

 

 そんなこと、この女子三人組には到底わからないだろうし、ほとんどの人はわからない。

 ただ俺だけが、遠坂の本音も、可愛いところもすべて知っている俺だけがわかる。


 だからこそ自ずと、たいそうな勇気なんてものは必要なく、俺は一歩を踏み出していた。





     ♦ ♦ ♦





 昔のことを思い出していた。


 どうしても欲しかった、花柄のエプロン。

 なのに周囲からは似合わないと言われ、私は結局男の子に人気な星柄を選んだ。


 それが決定的な出来事ではない。

 だけど象徴的な出来事として、私の胸の大事なところにしまわれている。


 私はやはり、女の子らしい格好なんて似合わない。

 

 あの頃と同じように、私はまた――



「俺はいいと思うけどな、女の子らしい遠坂って」



 胸を貫く、ふんわりとした優しい言葉。


 コツコツと靴音を響かせ、藤田くんが私の隣に立つ。


「……え? あ、そ、そうだね! それもある……かな?」


「う、うん! 私もそう思う!」


「人それぞれだよな、好みって。それはもちろん、当人も含めて」


 藤田くんがちらりと私の方を見ると、再び視線を戻す。


「結局、本人が一番なりたいと思う姿でいることが一番似合ってていいと思うんだけど……君たちもそう思わない?」


 藤田くんがにこりと微笑む。

 それは私や愛佳、旭日くんに見せるような生活に馴染んだものではなく、ひどく対外的で、作られたものだとすぐにわかった。


 彼は今、少し怒っているのだ。 

 それも――私のために。


「そう、だね!」


「わかる! だよねー!」


 ぽつりぽつりと言葉をこぼす元同級生たち。

 藤田くんの空気を感じ取ったのか、先ほどまでの歯切れの良さが感じられなかった。


 私も何か言葉を発さないと。

 そう思った瞬間――私の腕に、彼の手が触れた。


「申し訳ないんだけど、今から行かなきゃいけないところあるから」


 藤田くんが私をちらりと見る。


「ご、ごめん。また今度、ゆっくり話そうね」


 私が言うと、藤田くんが私の腕を引っ張り同級生たちの横を通り過ぎていった。


 どんどん距離が遠くなっていく。

 それに比例して、私の心は飛べるくらいに軽くなっていった。


「ごめん遠坂。これからあの人たちに会ったら気まずいかもしれないけど」


「そんなことない! いや、そんなことあるかもだけど……でも私は気にしないよ。全く、気にならない」


「そっか。ならよかった」


 私の腕を取って進んでいく藤田くんを見て、聞かずにはいられなかった。


「ねぇ藤田くん。さっきは……さ、私のために怒ってくれたの?」


 すると藤田くんが立ち止まり、いたずらっ子な笑みを浮かべながら振り返った。



「自分のためだよ」



 ……ほんと、この人はずるい。

 ずるくて本当に……格好がいい。


 ショッピングモール内の煌びやかな照明が、頭に降り注ぐ。

 それはまるで豪華な舞踏会のように。王子様に手を引かれるお姫様のように。


 彼は私を、引っ張っていく。

 彼だけが私を女の子の憧れる、お姫様にしてくれるのだ。


 自分自身の頬が緩んでいると自覚しながら、私は彼を追い越す。

 驚く藤田くんの顔を正面に、私は弾むように言うのだった。






「ありがとう、藤田くん」







 ありがとうは、魔法の言葉。

 彼にも魔法がかかればいいなと、そう願いながら。





     ♦ ♦ ♦





 月曜日。


 ため息をかみ殺しながら通学路を歩く。

 いつもの光景。それなのにやけに周囲が騒がしかった。



「おいあれ」

「藤田ってやつだよな? あれが?」

「マジかよ。全然そんな感じに見えないけどな」

「でも体育祭のときよく話してたって聞いたよ?」

「たまに学校でも一緒にいるところ見るし」

「じゃあマジじゃん」



 なんとなく、想像がついた。

 今俺が一体、どういう状況に置かれているのかということを。


 学校に到着すると、より視線と噂の声は顕著になり、俺はその間を搔い潜って教室に入る。


 すると真っ先に遠坂と目が合った。

 

「あはは……おはよう、藤田くん」


「おはよう、遠坂」


 遠坂の気まずそうな表情。

 それだけで予想は確信に変わった。


「なぁ藤田! やっぱりマジなのか⁉」


 クラスメイトが話しかけてくる。

 そして興奮気味に、その言葉を口にするのだった。



「お前、王子様と付き合ってるんだろ⁉」



 

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