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学校の王子様に可愛いと言い続けたら、学校一の美少女になっていた  作者: 本町かまくら
四章 急かす鼓動に彼女は走る

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第二十八話


 いくらかマイルドな朝日を浴びながら歩みを進める。

 

 とは言っても時刻はまもなく九時で、厳密に言えば朝と昼のあいだ。

 少し熱いし、少し涼しい空気を感じながら俺は息を吐いた。


「それにしてもまさか、なぁ」


 思い出すのは、数日前のこと……。





「私と二人で、遊びに行かない?」


 遠坂が視線をあちらこちらへ彷徨わせてから、最初から答えがわかってたみたいに俺の瞳に視線を定める。


「二人で遊びに行くって、俺とだよな?」


「うん……そう」


 それ以上は言わない遠坂。


 色々頭の中では言葉になる前の思考が飛び交っていた。

 しかし、俺はいつの間にか反射的に答えていた。



「いいよ」



「……へ?」


 口をぽかんと開けてから、助走をつけたみたいな勢いで、食い気味に、


「ほんとに⁉ いいの⁉ いいんだよね⁉ 言質とったよ⁉」


「驚きすぎじゃない? というか嘘ついてないから言質解放してくれ」


「あ、ごめん。つい……言質はお返ししますので」


「どうもどうも」


 手のひらを差し出されたので、なんとなく両手で受け取ってみる。

 おかえり、言質。


 言質と同時に俺の袖も解放すると、遠坂は一度俯いてから照れくさそうに顔を上げ、白い歯をにっと覗かせて微笑んだのだった。



「えへへっ、楽しみだ」



 





 空を見上げると、間もなくウォーミングアップを終えようとしている太陽が目の前いた。

 俺はどうしようもなく息を吐く。


「……あの時の遠坂、可愛すぎだよなぁ。世の中に放ったらイノベーションが起こるに違いない」


 思い出すだけで、頭の中の可愛いホルモンがドバドバ分泌される。

 思わずにやけてしまうのを必死に我慢しながら、待ち合わせ場所へ気持ち早めに足を進める。


 それから五分ほど歩いて駅に到着すると、駅の改札近くの日陰に一人立っている彼女の姿が目に飛び込んできた。

 太陽よりも眩しく、景色を否応なしに背景にしてしまう彼女。



「おい見ろよあの子! 美人過ぎないか⁉」

「中性的な顔立ちだけどマジ綺麗だな! モデルかなんかじゃね⁉」

「嘘ヤッバ! 王子様じゃん!!! ほら、近くの高校の!」

「初めて見た! カッコいい~! ってかちょ~綺麗なんだけど!!!」



 駅の周りの視線を一手に引き付けているほどの注目度。


 今からあの子と二人で出かけるのかと、改めて背筋が伸ばされる。

 俺は遊びに誘われてから今日に至るまで、実は色々と思うところがあった。


 なぜ俺は、遠坂に二人で遊びたいと誘われたのか。


 一応というか俺たちは男女だ。

 男女が二人で出かけるということは、それすなわち“デート”なわけで。


 でも俺が遠坂にデートに誘われるっていうのはあまり想像できない。

 だってあの遠坂が俺を……なんて、ラブコメじゃないんだから。


 俺といると楽しいっていう、直視できないような嬉し恥ずかしなことを言ってくれたわけだし、きっとそういう友達みたいなノリで……。



「あ! 藤田くん!」



 遠坂が俺に手を振ってくる。

 

 俺は思わずハッとして、手を振り返しながら思考を霧散させた。

 考えてもわからないことは考えない。これが俺の処世術。


 早歩きで俺も日陰に入ると、遠坂がクスっと笑った。


「おはよう藤田くん。時間通りだね」


「遅刻キャラじゃないだろ俺は」


「たまに遅刻してるけどね?」


「……こういうときは遅れないんだよ」


 またしても笑みをこぼす遠坂。

 改めて近くから、遠坂の全身を眺めてみる。

 

 白いTシャツの上にチェックのベスト。

 下はデニムのロングスカートで、遠坂のカッコよさと可愛さを素直に表したかのような、遠坂にぴったりのコーディネートだった。


「ど、どうしたの? じっと見て……恥ずかしいんだけど」


 体を半身にする遠坂が、照れくさそうに耳をほんのり赤くさせる。


 ほわっと感情が湧いて出る。

 こういうとき、なんて言えばいいのか俺は心得ていたし、ルールを知らなくとも当然言っていたと思う。



「めちゃくちゃ可愛いな」



「っ!!!」


 じゅわっ! と塗ったように耳を真っ赤にする遠坂。


「ど、どうも、です……」


「すごい、ほんとに……可愛いよ」


「っ! ……こ、これ以上は熱中症になるので勘弁してください」


「それは勘弁しとく」


 俺が言うと、ふぅと深く息を吐く遠坂。

 その仕草すら可愛い。もう可愛い。


 遠坂は前髪を整えながらもう一度息を吐くと、改札に人差し指を向けた。


「じゃあ行こうか。そろそろ電車も来るし」


 遠坂についていき、改札をくぐる。



 ――ぴっ。



 軽快な電子音が響く。

 それが一日の始まりで、それだけじゃない始まりだった。


「……ほんと可愛いな」


「熱中症!!!」










 電車に揺られること二十分。

 

 車内からぞろぞろと流れ出る人の波に俺と遠坂も乗り、改札を抜ける。

 それから五分ほど歩くと、目的の場所に到着した。


「おぉ~、すごい映画館だ」


「おい感想」


 やってきたのは巨大ショッピングモール内にある映画館。

 何をするかという話になったとき、遠坂が真っ先に映画を見たいと名乗りを上げ、それを軸に今日の予定を決めたのだ。


「今は九時半か。上演が十時からだよね?」


「だな。ってことはあと三十分か。どうする? ポップコーンとか買う?」


「買うでしょ!!!」


 いつになく食い気味の遠坂。

 

「ごめんな、愚問だったな。遠坂だもんな」


「愚問って! いいでしょ? ポップコーン好きなんだからさ」


「全然いいよ。というかむしろいい。なんか助かるし」


「なんで助かるのさ……」


 呆れたように遠坂がため息をつく。

 

 それから俺たちはまずチケットを取り、その後売店の列に並んだ。

 隣に立つ遠坂がメニューを見ながら「うーん」と唸る。


「ここはキャラメルか……いやでもバター醬油も捨てがたい。あ! でも普通に塩も……何ならホットドックとか」


 やっぱり食いしん坊ですね、遠坂さん。


「朝ごはん食べてないのか?」


「え? ご飯おかわりしたけど」


 何か私おかしいことでも言ってる? と言わんばかりの顔で首をかしげる遠坂。

 どこからその食欲は湧いてくるんだか。


「あーどうしようかな。ポップコーンって味迷うんだよなぁ……いっそのこと全部あればいいのに」


「なら、俺にいい案がある」


「いい案?」


「俺が塩を頼むから、遠坂はキャラメルとバター醤油のハーフアンドハーフにすればいい。それでシェアする、でどうだ?」


「え……い、いいの?」


 何その餌食べ終わったけど満足してなかったときに仕方なく追加のお菓子を取り出したら目を輝かせて尻尾振ってくる子犬みたいな顔は。何とか息もった……。


「いいよ。遠坂が幸せそうに食べてるのを見るとこっちまで幸せになるからさ。それに、せっかく俺といて楽しいって思ってくれるなら、とことん楽しいって思ってほしいし」


「っ!!!」


 遠坂がしゅぱっと視線を外し、キラキラと輝く金色の髪で横顔を隠す。

 その隙間から覗くちまっとした耳はほんのり赤く、どうしようもなく可愛かった。


「じゃあ……お願いします」


 照れくさそうに言う遠坂。

 俺は笑顔で答えると、じんわり胸が温かくなっていることに気が付いたのだった。





     ♦ ♦ ♦





 顔が熱い。

 体の芯から熱くなっていて、私は必死に手をぱたぱたと仰いで落ち着こうと自分に言い聞かせていた。


 彼の横顔をちらりと見る。

 相変わらず穏やかな表情で列が進むのを待っていて、私の視線に気が付くと頬を少しだけ緩ませる。


 さらに顔が熱くなる。

 ……でも、すごく楽しい。こんなにも心が忙しないし、きゅっと胸が締め付けられるのに、楽しい。


 あの時、校外学習で二人だけで電車に乗っていたときに感じたあの感覚。



 ――……今がずっと続けばいいのに



 どこまでもわがままで、他人には言えないような子供じみた願いかもしれないけど。

 今この瞬間、彼の隣にいる時だけは思わずにいられない。


 ほっかほかな食パンの上のバターみたいに、私がじんわりと溶かされていく。 

 その幸せな感覚に身をゆだねながら、私はいつもより整えた髪を撫でたのだった。




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