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第二十二話


 雰囲気のいい喫茶店とは、まず音楽から違う。

 

 会話を邪魔しない、けれど会話の隙間をちょうどよく埋めてくれるような音量。

 音楽はメロディーだけで歌詞はなく、主張のし方はまるで「人一人分空けて隣にボク、いるよ?」と言わんばかり。


 それに照明も落とし気味で、店主は白髭を上品に伸ばし、コップをきゅっきゅっと磨いていて……。


「悦に浸ってるようで悪いけど、さっそく本題に入りたいです」


「……わ、分かってるよ。本題に入るから」


「そう言われて早四回。三度目の正直を二周するのだけはやめてよね?」


「は、はい……」


 愛佳が丸みを帯びたグラスに刺さるストローをぱくりと口の先端で覆う。

 赤色のストローの中をコーヒーが上がっていくのを見ながら、私は心を落ち着かせる。


 よし。今度こそ言おう。

 大丈夫、大丈夫だ……。



「……あのね、これは友達の話なんだけど」



「ダウトォッ!!!!!」


「早くない⁉」


 もはや私が言う前から用意していたみたいな速度だった。


「そういう回りくどいのはいいから。ぶっちゃけね、香子。香子がスカート履き始めて、おまけに私に相談があるって奢りで喫茶店に連れてきた時点で、大体話の予想はつくの。隠そうとしても私の目は誤魔化せないよ」


「う、うぅ……」


 ここまで丸裸にされるとみじめな自分が恥ずかしくなってくる。


「だって……私こういうの初めてだし、タイプでもないからさ。……上手くできないよ」


 私が言うと、愛佳がふっと笑う。


「上手くやる必要なんてないんだよ。大丈夫。なにしたって香子はカッコいいし、可愛いんだから」


「愛佳……うん、よし!」


 軟弱で気弱な頬を両手で挟み、気合を入れる。

 左胸に手を当てて深呼吸をすると、ようやく本当の意味で口を開いた。





「私、藤田林太郎くんのことが好きになりました」





 私の言葉が、ゆるくかかる店内BGMに溶け込む。


 愛佳はゆっくり立ち上がると、手を叩き始めた。


「……コングラチュレーション、香子!!!」


「ありがとうなんだけど恥ずかしいから座って!」


 すぐに座らせる。ほんとにすぐに。


「遂にかぁ……いいねいいね。うんうん」


「いいねなんだ」


「当たり前でしょ? 友達に好きな人ができた、これ以上に嬉しいことはない! 恋は人生の祭りなんだから!!!」


 愛佳の熱量がすごい。

 興奮を隠しきれていない表情からも、言葉の真偽が見て取れる。


「で、相談っていうのはどうやって藤田との仲を深めていくかってことでオーケー?」


「お、オーケー」


「つまり、香子は藤田と付き合いたいってことでオーケー?」


「……う、うん」


「ってことは、藤田と恋人になって、あんなことやこんなことがしたいってことでオーケー?」


「おーってえぇ⁉ 私そこまでは言ってないよ!」


「でもそういうことでしょ? 別に隠さなくていいって」


「隠すとかじゃなくて! ……そりゃ、そうなのかもしれないけど。でもまだわからないことだらけだし! ひとまずはただ藤田くんと両思いになれたらなって、そういう……」


「……マスター、白米を一合」


「おかずにするな!」


 ふざけ始めた愛佳にツッコむと、「ごめんごめん」と顔の前で手を合わせて謝る。

 それからいざ、本題に入っていった。


「ひとまずゴールを付き合うことにして、これから香子がどうしていくかだね」


「どうしていくべきなんだろう……」


 呟くと、愛佳が私の腰辺りを指さす。


「まず、スカートを履いたのは正解だね。間違いなく藤田もより香子を女の子だと意識したと思う。グッジョブ!」


「あ、ありがとうございます」


 なんだろう。

 今の私は地に足がついていなくて、おまけに無性に照れ臭くてしょうがない。


 でも私は頑張りたい。

 あの時そう決意したから。


「その方向性で攻めていくのが王道だね。間違いないと思う」


「方向性?」


「藤田に香子のことを女の子だ! って思わせること。やっぱり香子ってカッコよさもあるから、そこを上手くギャップとして利用するの」


「なるほど……。たとえば私はどんなことをすればいいのかな」


「まーわかりやすいところで言えばボディータッチとか、物理的に距離を縮めていくことだね。あとは逆に甘えちゃうとか」


「あ、甘える……」


 藤田くんに甘えるなんて、想像しただけで顔が熱くなってくる。


「とにかく積極的に、ガンガン行くべし! 藤田とかそういうの疎いから、周りがわかっちゃうくらい攻めてもいいと思うよ!」


「積極的に、ガンガン……」


「香子の欲求を解き放つんだよ! ほら、今の香子は藤田と少しでも一緒にいたいし、話していたいでしょ? そういうのをそのまま出すの! さすれば藤田はコロっと落ちる!」


「コロっと⁉」


「コロコロよ! 香子の魅力をもってすればね!」


 きゃぴっとウインクをしてみせる愛佳。

 さすがは恋愛マスターだ。メモしたい金言が多すぎる。


 でも。

 やはりスカートを履いたとて、昔から私の内側を蝕む意識は消えていないわけで。


「……でもほんとに私が藤田くんに女の子だってアピールできるのかな。やっぱり私、男の子っぽいし」


「――大丈夫だよ、香子」


 心の中にスッと入ってくるような安心する声で囁く愛佳。

 ぬくい温度を感じさせるほどに温かなまなざしを向けて言った。





「女の子はね、恋をするとますます可愛くなっていくの。だから、香子もあっという間に藤田がゾッコンになるくらいに可愛い女の子になってるよ」






 愛佳の言葉が、風となって全身に吹き付ける。

 聞く前と後では見違えるほどに心の重さが変わっていることに気が付いた私は、思わず笑みをこぼした。


「ありがとう、愛佳」


「どういたしましてっ」


 愛佳が言うなら大丈夫だろう。

 私は一片の疑いもなくそう思える。


 だって愛佳は――私が一番可愛いと思う、女の子だから。


 心が安心感と満足感に満たされていく。


 途切れる会話。

 その間を縫うように流れる音楽は、やはり格別だった。










 帰宅後。


 お風呂に入り夕食も食べ、明日の課題も片づけた私は疲労感と達成感を抱いてベッドに体を預けた。


「はぁ~」


 全身から一日の疲れが息になって抜け出ていく。

 やはりスカートを履くという慣れないことをしたので、体は相当疲れているみたいだ。


 でも不思議と心は軽く、「よく頑張った私」と言えるくらいに余裕がある。

 それもこれも全部、きっと――


「……藤田くんと話したいな」


 自分で言って、自分で驚く。

 無意識のうちに出た言葉で、私は私を知った。


「藤田、くん」


 頭がわたあめみたいな、不思議と幸せになれる靄で満たされていく。



 ――香子の欲求を解き放つんだよ!



 思い出されるさっき言われた愛佳の言葉。

 

「……よし」


 机の上に置いていたスマホに手を伸ばし、トークアプリを開く。

 そして藤田くんとのトーク画面を開いた。


 校外学習の時に少しメッセージを送り合っただけのまだ薄いトーク履歴。

 それを軽く見返してから、震える指をフリックしていく。


「今何してますか……って、違うか。じゃあ……ごきげんよう? いや私そんな上品な感じじゃないし……」


 こうして何度も打っては消し、打っては消しを繰り返し……。


「今日の夜は少し涼しいみたいですね。藤田くんはいかがお過ごしですか? ……って、なんか古い!」


 スマホを枕に投げつけ、ベッドに仰向けになる。

 

 見慣れた天井。

 私だけが昨日より変だ。


「あぁーもう! 全然わかんないよ……」


 世の中の恋人たちは、こんな難関をやすやすと越えて結ばれていったのか。

 私にも簡単にできる日が来るのだろうか。

 

 少し心配になってきて、でもやっぱり頑張りたくてもう一度スマホを手に取る。


「もう少し当たり障りのない、自然な感じで――え」


 スマホの画面を見て一瞬頭が真っ白になる。


 送信されていた。

 私の文通でしか馴染まない正妻風のメッセージが、送信されていた。


「どどどうしよう! 早く消さないと……!」


 慌ててメッセージを長押しする。 

 

 ――その瞬間。


 バイブするスマホ。

 表示される――藤田林太郎の文字。



「……え⁉」



 緊急事態、発生。





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