邪魔者
あなたは自分が世界の邪魔者だと言う。私は世界に必要ないんだ。と。
私はそんなあなたになにをすればよいのだろうか。なにをしてあげられるのだろうか。思い過ごす夜であった。
ある日あなたは言った。死んでしまいたい。と。
私はその言葉が嘘ではないことは容易に分かった。
あなたの左腕から顔を覗かせる血の量が増えていることも、
最近笑い方がぎこちなくなっていることも。
私にあなたを止める資格はあるのだろうか。
平穏に日々を過ごし、
どこにでもあるような平凡な日々を過ごす私にあなたをこの世の苦しみに縛る資格はあるのだろうか。
あなたはどうしようもなく優しく、それでいて繊細だ。
だからこそ人の小さな棘で傷付きそれを隠して生きていた。
抱えきれなくて溢れた傷は左腕に現れた。
そのことを知っていながら、私はそれを許容した。
心が壊れるくらいならそのくらいはいいだろうとそのことを許した。
結局私はあなたに味方しながらも核心から逃げ続けていた。
私にはあなたを止めるための資格がない。
「土曜日、午後18:00、△△駅。」
あなたからの文章は端的であった。
あなたはいつまでもあなたであった。
昔に交わした死ぬときはちゃんと言うという約束を覚えていた。
どうしようもなく馬鹿だと思った。
それでいて、どうしようもなく美しかった。
約束の日午後17:30、私は△△駅にいた。
少ししてあなたは来た。
あなたの目は絶望に満ちたような、それでいて安堵したような目であった。
本気なのか?と私は問う。
答えなど分かりきっていた。目がそう言っていたから。
もう十分なのよ。とあなたは言った。
その言葉に呑まれそうになる。
覚悟を決めたあなたの言葉は小さくとも確かな力があった。
私も一緒に。蚊の鳴くような私の声であった。
しかし、人の少ない駅のホームでその声はたしかにあなたに届いた。
あなたは近づき、そして笑った。
あなたは生きて。今までありがとう。と。
少し掠れた、そんな声だった。
私はあなたの腕を掴んだ。
あなたは顔をしかめた。
咄嗟に離しかける手を止める。
やめてよ。とあなたは言う。
わかった。といい私は掴む腕を反対に変える。
あなたの言葉の意味は分かっていた。だからこそ分からないふりをした。
あなたは手を振り解こうとする。
しかし、力なら私の方が強かった。
電光掲示板が約束の電車が近づくことを知らせる。
あなたの力が強くなる。
私もあなたを止める力を強くする。
約束の電車は通り過ぎた。
あなたは疲れ切ったように、絶望したように座り込んでいた。
なんで…とあなたは呟く。
こんな時でも声を荒げないのはあなたらしいと思った。
死のうとするなら、私を殺してからにしなよ。と私は言う。
あなたは優しくて真面目だ。
だからこの言葉があなたをこの世界に留める枷になることくらい予想がついた。
だからこそ私は口にした。
私はあなたを助けることも、苦しみを分かち合うことも、なにをしてあげることもできない。
だとしても、私はあなたに生きていて欲しかった。
あなたは何事もなかったかのように日々を過ごしている。
気分に波があって、その時の行動に後から後悔する。
そんないつも通りのあなたであった。
だから、あなたは言う。死んでしまいたい。と。
だから私はなんどでもあなたを引き止める。
あなたは言う。自分は世界にとって邪魔者だ。と。
ならば、私はあなたが死を望むこの世界の邪魔者になろう。
あなたが死を望むならそれを止める邪魔者になろう。
私はあなたの邪魔者だ。
あなたの心臓が70億回ほどの鼓動をこなすまで、私はあなたの邪魔者であり続ける。
読んでくださりありがとうございました。
みなさまの苦しみは私には分かりません。
だから私は自分勝手に言わせてもらいます。言うしかありません。
生きてください。