涙 10
ふと、昔のことを考えてしまっていた。彼との会話に集中しないといけない。
裕太郎は私のことをどう思っているのだろうか。おそらく好意的に思っているに違いない。
裕太郎がトイレから戻ってきた。
「あ、ごめん。裕太郎ももう一杯飲むと思って同じビール頼んじゃった。飲める?」
「あぁ、大丈夫だよ。まだ余裕で飲める」
裕太郎はグラスを手前に引き、ごくごくと美味しそうにビールを半分ほど飲んだ。私もビールを一口飲む。
私は決して軽い女じゃない。お酒の場だからといえ、いつも男性に対しては警戒心をとげとげしく出している。裕太郎にも同様にそうしてきた。でも、今夜は次に進むときだと決めて仕掛けてみる。
「ねぇ、裕太郎。うちの実家に遊びに来たい?」
「はい?うちの実家って。何言ってんだ」
「やっぱりいや?」
「いや、そうじゃなくてだな。お前の部屋にも言ったことないのに、親に挨拶しに行くわけないだろ」
「あぁ、まぁ、そっか。たしかにそうだね」
相手の方から出したいワードが出てきた。裕太郎の頭の中は他の男性と同じで単純なのかもしれない。少し言い方を考えてみる。
「ねぇ、それじゃあさ……裕太郎って明日休みだよね?」
「あ、ああ。そうだけど……」
「じゃあさ、うち来る?」
ここまで釣り針を垂らすべきか若干悩んだものの、相手を誘う以上はここまで言ってみることにした。大抵の男性であれば乗ってくるはず。結婚している裕太郎と言えども、例外ではないと信じてみる。念押しでもう一言言ってみるか。
少し返事をためらっているようなので、身体を密着させ、そっと裕太郎の手に私の手を重ねてみる。
「そろそろいいかな、って思って」
一瞬の間が生じる。
「まぁ、明日休みだし。別にいいけど」
よし。ちょろかった。男性ってやっぱりそう。欲望にあまりにも忠実な動物よね。
ちょっと悪ふざけで聞いてみる。
「ねぇ、裕太郎。裕太郎にとって結婚ってどういうイメージ?結婚ってどういうものって考えてる?」
「んー、そうだな。お互いを束縛するもの、かな」
「ふふ、束縛なんだ。なんかわかるけど、ちょっと変わってるね」
裕太郎は奥さんを束縛していたのだろうか。それとも束縛されていたのだろうか。結婚がお互いを束縛するのは確かな気がするが、それが嫌なら結婚しなきゃいいのにと思うけれど。やっぱり人は結婚した後に変わっちゃうのが普通なのかもしれない。だから浮気をしたがる。
でも、このあとのことを考えてみれば、そんなことどうでもよいことのように感じた。裕太郎を私の部屋へ連れていく。そこまで行けば今日為すべきことを十分達成できるのだから。
ちなみに、私は裕太郎と結婚することなんて一ミリも考えていない。なぜなら他に大切な人がいるもの。




