インチキ老人と危険な連想ゲーム
朝起きたら目眩がしていた。天井がグルグル回り、体が全体的に重かった。
「風邪でも引いたかな?」
そう思い静かにしていると、目眩が収まり、急に冷たい水を浴びせられた。
「うわっ、冷たっ!」
水をタプタプに浴びせられた後、続けざまに粉っぽいモノが降り注いできた。
そして再び目眩が……。
慌てて己の姿を確認した。
洗濯機だった。
「なんだとぉぉ!?」
次の瞬間、口から泡を吹いて気絶した。
気が付くと、お花畑だった。
「……毎度のことながら疲れるんだが」
いつも通りイヤな予感満載で待っていると、向こうから大きなビニール袋を抱えて例の奴が来た。
「あーあ。今日もいっぱい汗をかいたな」
「テメェー、何を考えてるんだ!」
「よいしょっと。ほーらお口を開けてごらん」
「おい。や、やめろ!」
「さぁて、汚れものは綺麗にしなくっちゃ」
そう言うと、シミがこってり付いた洗濯物を俺の中へ放り込んだ。
「マ、マジでやめろ!」
「お水を注いで、粉入れてぇ~。グルグル回して、まあキレイ~♪」
「なんだ! その変な歌は!」
「今日は朝からお腹の調子が良くなくってさぁ~。ちょっとついちゃった」
「うぎゃ。き、きったねぇー!」
「脱水したら取り出して~。パンパンしたら天日干しぃ~♪」
子供が即興で作ったような内容の薄~い歌を口ずさみながら、老人は俺をバンバン叩いた。
「あれ? 動かない。壊れちゃった?」
「叩くな! 俺は故障した洗濯機じゃねぇんだ!」
「ん? どこかで声がする」
「俺だよ、俺!」
「……おおっ! 君だったか。こりゃ失敬失敬!」
そう言って敬礼した。
挨拶が昭和なんだよ!
「何しに来たの?」
「それはこっちのセリフだ!」
「あっ、そうか。私の為に洗濯してくれるのね」
「しねぇーよ」
「んもう~。だったら最初から言えばいいのに」
「何をだよ!」
「ス・キ」
「大っ嫌いだ!」
こめかみがピリピリするくらい腹立たしい。
「俺はどうなったんだ?」
「見りゃ分かんだろ! 洗濯機だよ!」
「なんだ? その言い方は!」
「てめぇー。洗濯をダシに家へ上がり込みやがって!」
「上がり込んでねぇだろ」
「俺の女に手を出したら承知しねぇぞ!」
なあ、シチュエーションが分かんねぇよ。マジで!
「君ってホントに欲張りだよね」
「欲張りぃ~?」
「経験を積んで成長したいのは分かるが、スパン早くね?」
「知らんわ。俺の意思じゃねぇよ」
「自分の意思でしょ?」
「……」
それを言われたら返しようがない。自分で決めた人生設計らしいので、何を考えて計画したのかは自分しか分からないだろう。ただ、生まれる前の記憶がないため、いま起こっている事実が他人事のようにしか思えない。
「みんな、そうやって人のせいにするのよねぇ~」
「そう……ね」
「自分で決めた事なのに、いかにも他人に振り回されてる、みたいな」
「……」
「悪いのは自分であって、他人じゃないのよねぇ~」
都合が悪くなれば人のせいにする。これは俺もよくやる。俺が不幸なのは相手が悪くて、幸せなら自分の手柄だと。
「本来は逆なんだけどねぇ~」
「逆?」
「幸せは相手のお陰。不幸は己の責任」
「……だろうな」
「君は日々成長しているね」
「ま、まあな」
うーむ。この辺は「さすが神様」そんな気がしない……でもない。
「状況は分かった。分かったから帰りたいのだが」
「タダで帰れるとでも思ってんのかっ!」
「だから、何なんだよ。そのシチュエーションは!」
「出すもん出せや!」
ナンパした女の家に上がり込んだら、相手の彼氏が登場して修羅場に。彼氏はやんちゃ系で、自分の女に手を出されたケジメとして金品を要求する……そんな感じでいいか?
「洗濯機人間が金目のモノを持ってると思うか?」
「いいローン会社紹介してやるぜ」
「身分証もねぇよ」
「チッ。じゃあ体で払ってもらおうか」
「洗濯機の俺がどうやって払うんだよ」
「昨日、オネショしちゃったから洗濯を……」
「そ、それだけは勘弁してください!」
取り立てより始末が悪いぞ、その頼み事。
「早く元に戻してください。お願いします」
「しょうがないねぇ~、無課金君!」
「……」
「じゃあ、逝くよぉ~。連想ゲーーーーム!」
「連想ゲーム?」
老人は続けてこう言った。
「これから3つのお題を出します。そのお題で連想するモノは何でしょう。正解なら元に戻れます。不正解なら激しく狂おしい罰が待ってます」
「……」
「やる?」
「やる!」
「はぁ~ん。ゾクゾクしてきちゃった」
……完璧に壊れてるわ、こいつ。
「では参ります」
老人はニヒッと笑った。
「ムチ、ロウソク、ロープ。で連想するモノは?」
「き、危険過ぎるだろ。それ」
「あっ、急にお腹の調子が……ピー、ブリッ」
「アレしか頭に浮かんでこないのだが」
「ビビビッ、バフッ」
「他には何が……」
「ピチピチッ、ビチッ」
おい、最後のは完全に漏らした音だろ!
「正解は」
「SM?」
「いやぁぁ。やめて! 私、そんな趣味はないのよぉぉぉ!」
「……」
「でも、ちょっとだけなら……痛くしないでね」
「潤んだ目で見つめるなっ!」
「や、優しくして」
「いい加減にしとけよ」
「あん。未知の世界」
ダメだこりゃ。
「……正解は何だよ」
「ドラキュラ伝説」
「昔のゲームの?」
「はいな」
誰が分かるんだよ、このネタ……。
「不正解者にはワシのパンツを洗ってもらいます」
「うがぁぁ。そ、それは激しく狂おしいですぅぅぅ」
「イヤだ?」
「嫌に決まってるだろ!」
「じゃあ課金」
「つ、次に来た時に持ってくる」
「ホントに?」
「や、約束します」
「じゃ今回は洗濯だけに水に流してやる」
「……なんか違うぞ、それ」
老人は続けてお題を提示した。
「目隠し、はりつけ、ミラー。連想するモノは?」
「だから、なんで超絶危険なお題ばかりなんだよ」
「危険? それは君の頭の中でしょ」
「言われりゃあ、そう……だが」
「シンキング・タ~~~~~イム!」
これまたヤバイ系しか思い浮かばない。俺の頭がエロに極振りしているのか。それとも問題を作る方が壊れているのか。
これで不正解だったら汚れたパンツを放り込まれる。その前に、洗濯機として奴と一緒に暮らし、体臭と体液が付いた何かを洗わされるハメになる。それだけは本気で勘弁して欲しい。
俺は頭をフル回転させ、真剣に考えた。
「さあさあ、思い浮かんだかな」
「……」
「あっ、急にモリモリ来た」
「お、おい! それだけはやめろ!」
「もう我慢できない。いっそここで……」
「マジでやめろ!」
「いやぁ~ん。見ちゃらめぇ~」
「いい加減に……ん?」
その一言で俺の脳が覚醒した。
「分かった!」
「ほう。正解は?」
「ミラーガラスフィルム」
「……」
老人は無言になった。
正解らしい。
「それじゃあ、また会おう!」
そう言うと、ウキウキ加減でダンスを踊りながら立ち去った。
腹を壊した割には随分軽快に動くじゃねぇか。それとその踊り、次回の課金を期待している素振りだな。という事は、最低でももう1回ある。そう言う事だな。
上等じゃねぇか。こうなりゃトコトンまで付き合ってやんよ!
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