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第六話

 大勢の私兵を連れてやってきた銀髪の男……リリエルの父、エヴァン・ヴェイロン辺境伯。彼の登場によって、事態は急変した。


「な、何なんだい、一体っ!?」


 兵士達に取り囲まれるマダム。そして、私達を守るように剣を構える兵士達。彼らから、目には見えないものの、明確な怒りのようなものを感じる。その理由も、分かってはいるけれど。


「は、はは……来て、くれたんだ……」

「アラン!」


 兵士に守られている安心感からか、脱力してその場に倒れ込むアランのもとへ駆け寄った。


「大丈夫!? 私のこと分かる!?」

「分かるよ……大丈夫、痛みなんて吹き飛んだよ」


 にへら、と笑うアラン。少し無理をしているようだけど、これまでに見せたどの表情よりも軽やかな笑顔だ。もうマダムの鞭に怯えなくてもいい、という安堵感ゆえだろう。

 そして、そんな私達のもとへ真っ先に駆け寄ってきたのは、マダムの鞭を弓で射抜いたジェイドだった。


「お嬢! 大丈夫ですかっ!?」

「うん……来てくれたんだ、ジェイド……」

「当然! あの『箱』、お嬢の仕業でしょう?」


 箱。スミスの馬車にあった積荷。私達の作戦の要である、細工を施した箱だ。




 時は遡り、数日前。




「リリィ。キミは僕の持つ情報が欲しいと言ってたけど……確かに、今の状況で使えそうな情報が、一つだけある」


 作戦会議が始まってすぐに、アランがそう言った。


「どんなもの?」

「ヘルゼン、って町は知ってる?」

「うん。北の方にある町だよね」


 ヘルゼンは私達が暮らすメルクォーツ大陸の北部に位置する大きな町で、商業が発展している。物語中盤以降、リリエルも何度か訪れることになる町だ。

 私が答えると、正解、といった様子で、アランが頷く。


「そう。商人の一人に、そのヘルゼンっていう町で薬物を売ってる男がいる。スミスっていう男だ」


 人差し指を立てながら、解説するアラン。


「それで、ここからが重要。この農場からヘルゼンに向かうためには、必ず『とある町』を通過しなくちゃいけない。他の道は過酷すぎて、とても常用出来るルートじゃないんだ」

「とある町?」


 いまいち、ピンと来なかった。そもそも、このラスール農場がどの辺りに位置しているのか、原作小説では詳しく描写されていなかったのだ。

 ただ、挿絵にあった世界地図を思い起こせば、何となく近くにある町の名前は思い浮かぶ。


 そして、一つ、恐らくアランの想像している通りの町の名前が頭に浮かんだ。


「……っ、もしかして、ユーゼリア!?」

「そう。……ヴェイロン辺境伯領、ユーゼリア」


 ヴェイロン辺境伯領。つまり、エヴァンの領地である町だ。確かに、ヘルゼンとの距離はそう離れてはいない。


「これは、本来なら特に意味もない情報だけど……リリィが現れて話が変わった。キミは誘拐されてここにいるんだよね? となれば、ユーゼリアやその近郊では当然、キミを探すための捜索隊や……検問が行われているはずだ」


 そこまで言って、アランは私を指差した。正確には、私の頭部にある、エヴァン譲りの特徴的な銀髪を。


「そこで、キミのその髪を使う」

「髪……あっ、そういうこと!?」


 アランの作戦というものが、何となく理解出来たような気がした。

 スミスという商人はヘルゼンに向かう途中、必ず警戒態勢中のユーゼリアを通る。エヴァンやその家臣達に私の居場所を知らせるには、このスミスという商人から『私の痕跡』を発見させればいい。


「うん。キミのその特徴的な銀髪をいくつかの束に分けて、スミスの積荷に混ぜておくんだ。目立つ場所にね。そして、ユーゼリア近郊で行われているであろう検問や捜索隊に、その中身を確認させる」


 アランは満足気に頷くと、今度は少しだけ顔を顰めた。


「ただし、この作戦も確実じゃない。商人の積荷を確認するような検問が行われていない可能性もあるし、行われていても、彼らがそれに気付くかどうかは別問題だ」

「ううん……多分、ユーゼリアを通る時に積荷を確認されると思う。元々、そういう習慣のある町だから」


 確か、小説にも……リリエルが、安全のために積荷の確認を行う兵士を目撃するシーンがあった。町を通過する商人の検査は、緊急時でなくとも行なっているはずだ。

 再び、アランが満足気に首を縦に振った。どうやら、この作戦で決まりらしい。……というより、他に選択肢がない、と言い換えた方がいいか。


「だったら……これでいこう。ヴェイロン卿の兵に全てを託すんだ」




 そうして、私は長かった自分の髪をバッサリと切り落とし、六つの束に分けてスミスの積荷に混ぜた。エヴァンが来てくれたということは、それに気が付いてくれたということだろう。


「オレ達が、お嬢の髪を見間違えるはずがありませんからね。あのスミスとかいう商人も、とっ捕まえて収監済みです」


 ジェイドが自慢気に胸を叩き、誇らし気な表情を見せる。


……その後ろで、マダム・メイガンは兵士達に抗議をしていた。彼女からすれば、突然現れた兵士に取り囲まれているのだから、当然、疑問にも思うだろう。


「どういうことだい、これは! あんたら一体、何の権限があってこんなことしてんだい!」

「……あのおばちゃん、あのお方が誰なのか、本当に分からないんですかね?」

「多分……」


 長い銀髪の男、と聞くだけで、誰もが『化け物伯爵』であるエヴァン・ヴェイロン辺境伯を連想するような世界だ。だというのにまだ気付いていない辺り、マダムは存外、世間知らずなのかもしれない


 エヴァンはそんなマダムに目もくれず、農場で栽培している植物を一束むしり取ると、手で握り潰す。


「……ソルモス。最近流行している違法薬物だな。これだけで取り締まる理由にはなる」

「そ、それはっ……」

「それに、この国での奴隷の売買・運用は禁じられている。これでもまだ、とぼけるつもりか?」


 ギンッ、と、エヴァンに睨み付けられたマダムが膝から崩れ落ちる。実物のエヴァンはかなりハンサムな部類の人間だけど……凄まれたらかなり威圧感がある。私なら漏らすだろう。


 と、そこで漸く気が付いたのか、マダムの顔が急激に青ざめ、絶望したような声でぼそぼそと呟いた。


「ぎ、銀髪……銀髪の、男……あ、あんた……いえっ、あなたはまさかっ……」


 気が付いた頃には時すでに遅し。エヴァンは鋭い眼光でマダムを睨み付け、視線を一度私に移した。


「私の娘も、随分と痛めつけたようだな」

「はいっ!? むす、娘って……」


 マダムが、首がもげるほどの勢いでこちらを向く。どうやら、気が付いたみたいだ。満面の笑みで、ひらひらと手を振り返すと、青ざめていたマダムは口から泡を吹いて倒れてしまった。


……途端に、気が抜けてしまった。情けないマダムの姿を見てしまったからか、今まで私達は何に怯えていたんだろうという気分になる。



「パパっ!」


 そんな彼女が兵士に連行され、エヴァンの手が空くと……私は彼に駆け寄って、足元に抱きついた。エヴァンの太ももにある鎧に顔が当たって、鼻が痛い。


「怖かった……わたし、このまま死んじゃうかと思った……」


 これは、原作でエヴァンが助けにきた時と全く同じ台詞だ。今のうちにエヴァンの好感度を稼いでおかねば。

 エヴァンは不安がっている娘の頭を撫でることも、また、目線を合わせるためにしゃがむこともせず……ただ直立不動で、私に質問をした。


「商人の積荷に髪を仕込んだのはお前だな?」

「うん……そこにいるアランと二人で」

「……そうか」


 エヴァンはアランを一瞥すると、やはり何を言うでもなく、アランのそばにいたジェイドと、もう一人、メイド兼戦闘員のエナに指示を出す。


「ジェイド、エナ。リリエルとその少年を手当てしろ」

「はっ!」


 指示をするなり、エヴァンは踵を返してどこかへ行ってしまった。足に私が抱きついているというのに、私が離れることを前提とした動きだった。


……おいおい、エヴァンさんよ。これ、本当にリリエルのことを溺愛してるの? 照れ隠しにしては対応が冷たすぎるような気もするんだけど。


 指示を受けたジェイドは同性のアランを。そして、エナが私の治療を担当することになった。

 包帯と薬を持って駆け寄ってきたエナは、治療に入る前にぽろぽろと涙を流し、私を抱きしめる。


「お嬢様、ご無事で本当に良かった……」

「エナ……」


 これが、誘拐された身内を助けた時の本来の反応ではなかろうか。エヴァンのあれは照れ隠しにしても異常だ。


「よっ、少年。ケガの具合はどうだ? すぐに手当てしてやるからな」

「あ、ありがとうございます……」


 隣では、アランがジェイドによる過保護な治療を受けていた。不意に目が合うと、いつぞやの天使のような微笑みを見せてくれる。



……まあ、何はともあれ。農場にいた子供達は全員無事。アランだって原作とは違って生きている。これ以上、何を望むというのか。


(……でも)


 不安なこともある。原作では死ぬはずのアラン。本来であれば半年後に救助にやってくるはずのエヴァン。少しずつ、けれど、着実に物語は『変化』している。


 この先、もしも……もしも、何か大きな局面に遭遇した時、私のこの『原作知識』は役に立つのだろうか?




(……いや、よそう。皆生き残ったんだから、今はそれでいいじゃない)



 アランに笑顔を返し、気が抜けて、眠たくなった。エナの手厚い治療を受けながら、私は、深い深い眠りの底へ落ちていった。

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