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第五話

 それから更に数日が経過した。例の暴走事件以降マダムに目を付けられたのか、アランと話すことが出来ない状況が続いていた。

 アランは普段と変わらない様子で仕事をしている。だけど、目に見えてあざが増えた。元々痩せ細ってはいたけど、ここ数日は輪をかけてやつれたように見える。原作小説に、こんな展開はなかった。当然だ。何せ、これは私が『物語を変えた』結果なのだから。


「アラン……」


 時々、目が合うのだ。助けを求めて欲しいと、心から願っているのに……彼は平気なふりをして、微笑むだけ。私のせいで酷い扱いを受けているのに、微笑むだけなんだ。

 原作小説通りだと、アランが死ぬまで二ヶ月ほどの猶予がある。だけど、このままいけば……もっと、早い段階で命を落としてしまうかもしれない。


「アラン、何してるんだい! 手を止めないで仕事しなっ!」


 マダムが鞭を振るう。アランは悲鳴をあげることもなく、何度も何度も、その身で鞭を受けていた。このままでは、本当に死んでしまう。アランを死なせないために、全員が生き残れるように策を練ったのに……これでは、全てが無駄になる。


 気付けば、体が動いていた。うずくまって鞭を受け続けるアランのもとに駆け寄って、鞭を振るうマダムとアランとの間に割って入っていた。


「なんだい! アランの代わりにぶたれたいのかい、リリエルっ!」


 恐らく、リリエルとしての記憶が肉体に残っているのだろう。マダムに怒鳴られると、途端に体が強張って動かなくなる。

 だけど、アランを助けるには……私が、ここで踏ん張るしかない。


「わ、わたしが言ったんです!!」

「何? 何を言ったんだい!?」

「お……お腹が空いて死んじゃいそうって……だから、アランはわたしのために、森に食べ物を探しにいこうとしたんですっ!」


 デマカセだ。勢いに身を任せただけの、全てが嘘に包まれた言葉。しかし、それはマダムの心を曇らせるには十分だった。


「り、リリィ……なんで、そんな……」

「……はぁん。アランがなんであんなことをしたのか不思議だったけど、あんたのためだったとはねぇ……」


 マダムは静かにそう呟いて……鞭を振り下ろした。


「ふざけるんじゃないよっ!」

「ひゃぅっ……!」


 強烈な痛みが肩に走った。マダムの持つ鞭が、私を打ったのだ。


「お客の前で! みっともないことしてるんじゃないよっ! 取引がなくなったらどうしてくれるんだいっ!」


 立て続けに、二度、三度と。事態の裏にいたのが私だと分かったからか、マダムは激しい怒りを私にぶつけた。

 痛い。耐えられそうにない。今すぐに、逃げ出してしまいたい。けれど……今ここで退けば、再びアランが標的にされる。弱音こそ吐いてはいないものの、彼に死が近付いているのは見れば分かる。


「や、やめてくれっ!」


 今度は、アランが私とマダムとの間に立ち塞がった。小さな手を一杯に広げ、私を守ろうとしてくれている。


「違うっ……リリィのためじゃない! 僕が勝手にやったことなんだ!」

「リリィ……? ああ、そうかい。そういうことかい? ガキのくせにサカってんじゃないよっ!」


 マダムがアランを蹴り飛ばす。彼女は小太りで体格が良い。たとえ女性であっても、痩せこけた子供一人を蹴り飛ばすことは容易であった。


 ごろごろと農場の地面を転がるアラン。ゆっくりと起きあがろうとした彼は、そのまま腹を押さえ、辺りに吐瀉物をぶちまけた。

 マダムはそんなアランにゆっくりと近付くと、髪を掴んで頭を持ち上げ、下卑た笑みを浮かべた。


「決めた……お客の中に好き者がいてね。来月、あんた達をそのお客に売ることにするよ。幸い、二人とも顔は良いからね」

「っ!!」


 マダムが宣言したその言葉に、耳を疑った。

 好き者のお客……見覚えがあるフレーズだ。男女問わず顔の良い子供を奴隷にし、性欲の捌け口にするイカれた男。原作小説においての、アランの死因だ。

 原作でも、アランはマダムの怒りを買ってその男に買われることになる。そして一ヶ月後、再び農場に現れた男が、アランが死んだということをリリエルに告げるのだ。


(ダメっ……奴に買われたら、アランは間違いなく死ぬっ……!)


 私達は、策を弄して半年後にやってくるはずのエヴァンの救援を早めたつもりだった。しかし、実際には……アランの死を、早めただけだった。


「そうだねぇ……三日、持つかねぇ」

「やめてっ! 売るならわたしだけにしてください! アランは関係ないのっ!」

「リリィっ!」


 マダムの足にしがみつき、泣きじゃくりながら必死に訴える。推しキャラだとか、関係のある登場人物だから、とかじゃない。私は……アランに死んでほしくない。この先もずっと、アランには生きていてほしい。

 私なら、未来の知識を活かして生き残ることが出来るかもしれない。だから、絶対……絶対に、アランを売らせたりしない。


「やめてくれ、リリィっ……僕の代わりに死のうとしないでくれっ……!」

「で、でも、わたっ、わたしっ……アランに……アランに、死んでほしくないのっ……! だから……!」


 滝のように流れ落ちる涙を拭いながら、マダムの足から離れる。そして、額を地面に擦り付けた。

 この世界に、土下座なんていう概念が存在するのかは分からない。だけど、誠意は伝わるはずだ。


「お願いです、マダム……アランのこと、許してあげてください……お願いします……」


 彼女の表情は分からない。ただ静かに、時が流れた。


 そして。


「……分かった」

「!」


 マダムの言葉に、希望が見えた気がして顔を上げた。しかし、そこにあったのは、歪んだマダムの笑みと、振り上げられた鞭だった。


「……とでも言うと思ったかい? お前達二人とも、私に歯向かった罪で死ぬんだよっ!」


 打たれる。全力で。怖くて仕方がなくて、思わず目を逸らした。来たる痛みに体を萎縮させ、逃げることも出来なかった。


……だが、痛みはいつまで経ってもやってこなかった。


「……は?」


 聞こえたのは、呆けたようなマダムの声。恐る恐る彼女の方を見ると、いつの間にか手にあったはずの鞭がなくなっている。

 そして、彼女の後方にある木には、鞭を射貫いた矢が突き刺さっていた。


「……矢?」


 きょとんとしたマダムの声。それとは反対に、私達の背後から妙に明るい声がした。



「見つけましたよ、お嬢っ!」



 聞き覚えのない声。けれど、『見覚え』はある。リリエルのことを『お嬢』と呼ぶ、百発百中の弓の名手。エヴァン・ヴェイロン辺境伯の配下であるジェイド・ミラーだ。


 ということは、だ。ジェイドがここにいるということは……必然的に、彼もここにいるということになる。


 ゆっくりと、振り返る。農場の入り口に、弓を構えたままのジェイドと、その他大勢の私兵、そして……黒いコートをはためかせ、長い銀髪を風にたなびかせた長身の男がいた。



……エヴァン。リリエルの、お父さんだ。



「ぱ……パパっ……!」

「全員捕えろ。歯向かうものは始末して構わん」


 解釈一致すぎる低音ボイスを響かせ、エヴァンが指揮をする。それと同時に、私兵達が農場に攻め入った。

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