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第四話

「やあ、マダム。今日は天気がいいね」

「あらぁ、スミスさん。今日は随分と早いのね」

「馬と馬車を新調してね。ここのおかげで、儲けがいいんだよ」


 立派なちょび髭を生やした中年の男。マダムと楽しげに話すあの男は、スミスという商人。ラスール農場の取引先としては、比較的新規の顧客になる。……と、いうのがアランの情報だ。

 アランとの作戦会議から三日。私達はあの商人がやってくるのをずっと待っていた。作戦の決行には、あの商人の存在が必要不可欠だからだ。


 仕事をするふりをしながら、二人の動向を確認する。そこへ、新たな人物がやってきた。


「それでね……おやおや、ラスールさん。珍しいですな」

「やあ、スミス君。楽しげな声が聞こえてきたものだからね」


……ラスールだ。オーボウ・ラスール。この農場の主。普段は農場の地下にある部屋で仕事をしているため、滅多に外に出てこない。

 ラスールは長く整えられた顎鬚を撫でると、スミスとマダムの会話に混ざり込んだ。三人が同じ場所に集まっている。が、しかし。


「……タイミングが悪いね。ラスールまで来たか」


 隣で仕事をするアランが、そうぼやいた。

 私達の目的は、あのスミスという男……正確には、奴が取引する違法薬物だ。どうにかして、違法薬物が入った箱に『細工』をしなければならない。

 スミスとマダム、二人だけならその目を掻い潜って細工をすることも可能だろう。だが、今日に限ってラスールまでもが表に出てきている。


……確かに、タイミングが悪い。今日を逃せば、また暫くチャンスを失うことになる。時間がかかればかかるほど、私達にとっては……いや、私にとっては都合が悪くなる。

 どうにかして、例の作戦を実行しなければ。力を持たない私達に出来る、唯一の反撃を。




「……どうかな。キミの意見を聞きたい」


 一通りの作戦内容を話したアランが、私に意見を求める。彼が聞きたいのは、ずばり、この作戦に『穴』があるかどうかだろう。


「……作戦自体は、良いと思う。というより、それ以上に効果のありそうな策はないと思うの」

「僕もそう思う。ただ、唯一の懸念点は……」


 恐らく、アランと私も、考えていることは同じだと思う。


「『彼ら』が、それに気付いてくれるかどうか」

「うん。この作戦のキモはそこなんだ。彼らがそれを見て、その上で気付いてくれなければならない」


 箱に施した細工に、彼らが気付くかどうか。そもそも、スミスが箱を彼らに見せない可能性だってある。そういう意味で、この作戦の成功率は『半々』なのだ。


「だから聞いたんだね。わたしに、パパに愛されてるか、って」

「そう。最後は運頼みになる作戦だ。けど……さっきも言った通り、これ以上の作戦はないと思う」


 アランの目は、真っ直ぐと私を見つめていた。ふざける余裕なんてないくらいに真剣な眼差し。初めは乗り気じゃなかったアランが、今では本気で、ここから抜け出そうとしている。


「キミに異論がなければ、進めよう。どうする?」

「……やろう。この作戦なら、最悪失敗しても、次の機会まで猶予があるから」


 答えは既に決まっていた。時間も、そう多く残されているわけではない。


「よし……決行は、次にスミスが現れた時。やるよ、リリィ」




 スミスとラスールとマダム。三人は楽しげに談笑をしていた。彼らと私達との間に、巨大な壁が見えた。それくらい、空気感というものが違うような気がした。

 その時だ。話に一区切りがつくと、マダムは会話を中断し、その場を離れる。どうやら、商品である違法薬物を取りに向かったらしい。


「マダムが離れた……箱を取りに行ったみたい」


 隣を見ると、アランが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「……良くないね」


 当然、状況が、という意味だ。

 馬車にはスミスとラスールの二人。マダムは箱を取りに行ったが、やがて戻ってくる。番犬は近くにはいないが、あまり派手な動きをすると叫ばれるだろう。


「箱に細工をするのは、スミスが箱の中身を確認した後じゃないといけない。奴が中身を確認して、積み込んだ後……奴らが世間話をしてる時じゃないと」


 暫くすると、マダムが大きな木箱を五つ、台車に載せて戻ってきた。スミスはそれら全てを確認すると、次々と馬車に積み込んでいく。

 ここだ。一度馬車に積んだ商品を、出発前にもう一度確認することはないだろう。次に確認をするのは、彼らのもとに辿り着いた時。つまり……細工をするチャンスは、今しかない。


「……ダメだよ、アラン。三人もいたんじゃ、箱に細工なんて……」


 三人は、再び談笑を始めた。積荷が載った馬車はスミスの背後。スミスは背を向けているものの、ラスールとマダム、二人がその方向へ視線を向けている。こんな状況では、忍び寄って細工をすることなど不可能だ。

 何か、三人の……スミス以外の二人でもいい。ラスールとマダムの注意を逸らさなければ。直に、彼らは取引を終えてしまうだろう。


 その場で立ち尽くしていると、突然、アランが立ち上がる。


「……大丈夫。僕が奴らの注意を逸らす。リリィ、細工はキミに任せる」

「ちょ、アラン!?」


 アランは、三人とは真反対の方向へ走り出すと、近くに落ちていた棒切れを拾って番犬に襲い掛かった。


「うわぁぁあ!!」


 番犬達とアランの叫び声。辺りはたちまち、騒音に包まれた。


「あらやだ……全く、何事だい!」


 初めに反応したのはマダムだ。マダムは腰に提げていた鞭を鳴らして、アランのもとへ駆け寄る。


「すまないね、スミス君。少し待っていてくれるかい?」

「ああ、いえ。構いませんよ」


 その後ろを、ラスールが追いかけた。まだ、取引は終了していない。スミスは違法薬物の代金を支払っていないのだ。


(今しかない……!)


 ラスールとマダムは暴れ出したアランの対処へ。番犬達もまたアランのもとへ集まり、スミスも二人の動向に夢中で馬車から気を逸らしている。

 すぐさま物陰から馬車に駆け寄り、荷台に乗っていた箱五つ……そして、カムフラージュ用に用意していたのであろう木箱に、『とあるもの』を仕込んだ。


 細工が終わると、物音を立てないように馬車から離れ、元の位置に戻る。丁度、ラスール達もアランを取り押さえることに成功したようだ。

 取り押さえられても尚暴れ回っていたアランは、定位置に戻った私を確認すると、途端に大人しくなる。そうして、ラスールがスミスのもとへ戻ってきた。


「待たせてすまないね、スミス君。それでは、いつも通りに」

「いえいえ。では、こちらを」


 スミスはラスールに大きな布袋を手渡すと、挨拶だけして御者席に跨り、農場から走り去っていった。予想外のトラブルはあったものの……作戦は成功した。あとは、箱に施した細工に、彼らが気付いてくれるかどうか。


(お願い……エヴァン。私は……リリエルは、ここにいるよ……)


 どうかその願いがエヴァンに届きますように。そう願いながら、走り去る馬車が見えなくなるまで、その背中を見届けた。

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