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第三話

「マダム達の一日の予定?」

「うん。アランなら知ってるかも、って思って」


 目標が出来てからの行動は早かった。アランを助けるとなれば、あまりうかうかしてはいられない。即断即決。迅速に計画を練り、スピーディーに実行に移さねば。

 そうした際に必要になってくるのが、情報だ。特に、ラスールとマダムの一日のスケジュールが分かれば、私としても動きやすくなる。


「どうして僕が知ってると?」

「ほら、言ってたでしょ? マダムのこと、『もう少ししたら昼寝の時間だから』って。アランなら、大人達のことを良く観察してるんじゃないかって思ったの」


 私の言葉は、半分本当で半分嘘だ。

 小説本編でも、アランは頭の切れる少年として描かれていた。所謂、『序盤のお助けキャラ』的な立ち位置にいたのだ。だから、今のリリエルが知らない情報でも知っているかもしれない、と考えた。


「まあ、その程度でいいなら……でも、そんなこと知ってどうするつもりだい? ここから逃げ出すつもりじゃあるまいし」


 首を傾げるアラン。彼の言葉に、私は上手く言い返すことが出来ず、気まずい空気が流れた。

 やがて彼も私の考えを察したのか、呆れたように口を開く。


「……まさか、本気で言ってたの? ここから出ようって」

「本気じゃなきゃ言わないよ、そんなこと。アランは出たくないの?」

「僕だって、こんなところにはいたくない。でも、現実的に考えて不可能だよ。だって……」


 そこまで言ったところで、マダムが巡回のためにやってくる。怪しまれない程度にアランと距離を取り、作業を再開した。

 マダムが立ち去り、姿が見えなくなったところで、再びアランとの距離を詰める。


「……僕達には力がない。ここから抜け出そうにも、それすら出来ないほどに弱いんだ」

「分かってる。でも、いつかは立ち上がらなくちゃ。それが今なんだよ、きっと」

「立ち上がるって……キミ、怖いものがないのかい?」


 半分は呆れたように、もう半分は異常者を見つめるような目で、アランが言った。


(怖いもの、か……)


 私は本来、この世界の住人じゃない。野生の獣にも襲われていないし、盗賊に命を狙われてもいない。この世界は紛れもない現実だけど、まだ『現実味』を感じることが出来ていない。だから、正直なところ、『何が怖いのか』というところを明確に認識出来ていないのだ。


 でも、そんな私でも理解出来るくらいに怖いものが一つある。この世界に現実味を感じられないからこそ起こり得る、私特有の恐怖。


「あるよ、怖いもの。私に関係のある人が、死んじゃうこと」

「それは……」


 アラン……原作小説において、彼は序盤のお助けキャラクターであり、そして、作中で最初に死んでしまう名前付きのキャラクターでもある。言い換えれば、リリィにとって、私にとって、最初に関係性が構築される人物だ。

 私は、私自身に迫る脅威よりも、親しくなった人達が、原作小説通りに死んでしまうことの方がよっぽど怖い。現実味の感じられないこの世界では、彼らは私の大切な人であり、なおかつ、『推し作品』のキャラクターだから。


「大丈夫。まだ全然、何も思い付いてないけど、絶対に方法を見つけてみせるから」

「一体その自信はどこからきてるのやら……でも、そうか……」


 アランは呆れたような様子を見せつつも、手を止め、私の目を真っ直ぐに見つめた。


「不思議と、リリィの言葉には人を安心させる力があるね。キミが大丈夫って言えば、本当に大丈夫だと思える」

「それは、協力してくれるってことだと思っていいの?」

「僕に出来ることなら。でも、今はやめておこう。マダムもいるからね」


 にこりと、子犬のような、はたまた天使のような微笑みを見せるアラン。その笑みに胸を打たれながらも、彼の言葉に首を縦に振る。


「そうだね……多分、今日のマダムのお昼寝は長いだろうから、その時にまた集まろう」

「分かった。ありがとう、アラン」



 アランの言葉通り、今日のマダムのお昼寝タイムは、いつもよりも早い時間から始まった。すぐさま隣にやってきたアランは、周囲には聞こえないほどの小さな声で、私に話しかける。


「それで……キミは実際のところ、どういう案を考えてるの?」

「うん。今のところ考えてる策は三つ。一つは反乱、一つは脱走。それで一つは……救援」


 そう答えると、彼は渋い顔をした。何か真剣に考え込んでいる様子だ。


「……反乱は無しだ。勝てる確率が限りなく低い上、ここにいる子供はマダム達に対して強い恐怖心を抱いてる。そもそも、反乱自体成立しないだろう」


 概ね、私と同じことを考えているようだった。彼の意見に同意するそぶりを見せつつ、別の策についても質問を投げかける。


「脱走は? 森の中に詳しかったりしない?」

「流石に分からないね……それに、これもあまりおすすめはしない」

「犠牲者が多く出るから、でしょ?」


 アランは、首を縦に振った。


「大人数での移動となると、途中で見つかるリスクも高まるからね」

「やっぱりそっか……全員で助かるには、救援を待つしかない、ってことね」


 ここにいる子供は、私とアランを深めて三十二人。理想は、全員でここから逃げ出すこと。けれど、それだけの大人数で移動すれば、必ずどこかで尻尾を掴まれるだろう。

 特に、ラスール達には鼻の効く番犬がいる。三十二人全員で森に逃げ込んだとして、果たして生き残れるのは何人か。


 それらを踏まえると、やはり『成功する』確率が高いのは救援を待つこと。

 だがしかし、アランはここで再び渋い顔をする、


「救援と言ってもツテがない。ここは違法薬物の栽培場だから、訪れる人間は、基本的に全員がラスールの味方だ」

「そりゃあ……そっか。商人も中身が分かってて取引してるんだもんね」


 国に見つかれば即刻お縄につくようなこの農場に、ラスール達が息のかかっていない者を迎え入れるはずがない。ここへ取引にやってくる商人も、ラスールの味方だ。

 となれば、私達を助けてくれるのは『完全なる部外者』のみ。それも、それなりに力を持った誰かでなければならない。半端な人間では、この場で殺されるか、あるいは揉み消されて終わりだろう。


 やはり、この条件に合致する中で、私達を救助するメリットを持つ人は……一人しかいない。


「でも、ツテというより……アテはあるよ」

「アテ?」


 アランが首を傾げる。現段階ではあまり口外したくない事実だけど……彼なら、信用出来る。


「うん。わたしのお父さん……ヴェイロン辺境伯」

「ゔ……ヴェイロン辺境伯っ……!?」


 驚きのあまり、空いた口が塞がらないアラン。その目の前で手を横に振ってみる。


「だ、大丈夫……?」

「大丈夫なもんか……い、一応聞くけど、本当なの……?」

「うん……わたしの名前、リリエル・ヴェイロンだから」


 声を震わせるアラン。ここまで驚くことは想定していなかった。原作小説では、アランは私の……いや、リリエルの正体を知る前に死んでしまうから。

 そうして少し時間を空けて落ち着いたのか、アランは大きなため息をこぼし、言葉を続けた。


「驚いたよ……確かに、ヴェイロン卿には一人娘がいるって話だけど……」


 じろじろと、上から下まで私のことを眺めるアランの視線が痛い。確かに、今のリリィとヴェイロン辺境伯……エヴァンにはあまり共通項がない。

 特に、エヴァンを言い表す代表的な特徴、美しい銀髪が、今のリリィからは失われている。エヴァンの血を継いでいる以上、リリィの髪も本来は美しい銀髪なのだが……生憎、奴隷として働く中で薄汚れてしまっているのだ。


「ヴェイロン卿は、リリィが誘拐されたってこと知ってるの?」

「知ってる……と思う。でも、ここにいるってことは知らない」


 少なくとも、原作小説ではこの段階で事態を把握しているような記述はなかった。私がいなくなったことで捜索を開始してはいるのだろうが、この農場のことは調べていないはずだ。

 しかし、それは裏を返せば、『私がここにいること』をどうにかしてエヴァンに知らせれば、救援の可能性があるということ。とはいえ……その方法が見つからないから、こうして苦労しているわけだが。


「だから、どうにかしてわたしがここにいるってことを、パパに知らせることが出来れば……」


 私がそう続ける中、アランは何やら俯いてぼそぼそと独り言を呟いている。私の方には、目もくれない。


「……待てよ。ヴェイロン辺境伯……辺境伯領……ヘルゼン……」

「アラン?」


 名前を呼ぶと、ハッとした様子で、彼が私を見た。


「どうしたの?」


 何だか、様子がおかしい。どこか慌てているような……焦っているような、そんな雰囲気だ。

 アランは私をじっと見つめ、そして、ゆっくりと口を開く。


「……一つ、聞きたいんだけど……いや、こんなこと聞くのも失礼な話、なんだけどね」

「うん」

「ヴェイロン卿は、リリィのことを愛してる?」


 突然投げかけられた質問は、意味の分からないものだった。何か意図があるのかもしれないけれど、今の私には理解出来ない。

 ただ、答えははっきりしている。原作小説中盤に、普段リリィとは口もきかないエヴァンが、実は極度の照れ屋で、恥ずかしがり屋だっただけだという衝撃の事実が判明する。そこから数珠繋ぎ的に、エヴァンがずっとリリィのことを大事にしていたとされる描写が発掘され始めたのだ。


 つまり……現段階でのエヴァンも、リリィのことを愛している。それはもう、溺愛状態だ。多分。


「……うん。パパ、照れ屋さんだから普段は隠してるけど……愛してくれてる。と、思う」


 私の言葉を聞いたアランは、返事をしない。けれど、これまでに見せたことのないような、悪ガキのような笑みを浮かべたのだ。

 アラン。そう名前を呼ぼうとした瞬間、彼は口を開いた。


「ねえ、リリィ……一つだけ、作戦を思いついたんだ。でも、成功するかどうかは、良くて半々ってところ。どうかな、他に方法も思いつかないし……聞いてくれる?」


 それは、反撃の手段を持たない私にとっては、まさしく剣となり得る言葉だった。どこか自信ありげに言うアランの気迫のようなものに圧され……私は、答えた。


「……聞かせて、アラン」

「分かった……ここから先は決して誰にも話してはいけない。他の子供達にもね」


 誰にも聞かれないよう、私達は私達だけの秘密の作戦会議を始めた。

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