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第一話

『化け物伯爵と幸せなお嬢様』


 それは、一部界隈……主に私の中で大人気のweb小説だ。

 巨大な狼と人間との血が混ざった、周囲から『化け物』と蔑まれた辺境伯と、そんな父からの愛を知らぬ主人公の少女が、徐々に打ち解けていく感動的なストーリー。

 三年間にわたって続いてきた連載も、残すところわずか。作者曰く、完結までは残り四話らしい。


 だが、だがしかし。



「……えっ、作者、失踪した? このタイミングで……!?」



 その告知がなされたのが、丁度四ヶ月前。今までは少なくとも月に一回の更新があったというのに、四ヶ月もの間待ちぼうけを食らっている。考えたくはない。考えたくはないが……まさか、未完で終わるというのだろうか。


「待って待って、それはあり得ない……だって、エヴァンがリリィを助けるために瀕死の重傷を負って、助かるか助からないかってところだよ……!? ここで失踪する!?」


 私以外に誰もいない部屋で、オタク特有の早口でまくしたてると、携帯を傍に放り投げて枕に顔を埋めた。

 あり得ない。そしてあり得ない。あと四話で完結。それも、こんなに盛り上がるシーンで失踪するなんてこと、私が作者だったらあり得ない。ここまで来たら、何が何でも書き続けるはず。だとしたら……作者の身に、何かが起きたのか。

 まさか、不慮の事故だとか。身内に不幸があっただとか。そんなこんなで、今は執筆が出来ない状況なんじゃないだろうか?


「そう……きっとそう。このまま完結しないなんてこと、あるはずない……大丈夫。来週にはきっと、更新されるから……」


 更新されなかった悲しみか、それとも日頃の疲れが祟ったのか。何だか急激な眠気に襲われて、瞼が重くなる。まだ、お風呂も入っていないのに。ご飯も食べていないのに。



 まあ……いいか。明日は、休みだから。







――ぱち、くり



 自分でも不思議なほど、瞼が軽い。眠気一つない目覚めなんて、何年ぶりだろう。

 それにしては、寝る前の記憶が曖昧だ。確か、『化け物伯爵と幸せなお嬢様』の更新がなくて、萎えて、眠たくなって……ご飯も食べず、お風呂にも入らず眠ったんだっけ。


 汗で体がべとべとだ。お腹もあり得ないほど空いている。いや……何でこんなにべとべとなんだろう。明らかに一日二日でかいた汗の量じゃない。それに、お腹の空き方も異常だ。まるで数日間、何も食べていなかったみたいに。


「……というか、ここ……んんっ!?」


 見覚えのない天井だ。私の部屋じゃない。驚いて声をあげて、その声に驚いて思わず口を塞いでしまった。


 これは……誰の声だ? もしかして、私?


「な、なに……え、なに?」


 私の声じゃない。もっと、幼い女の子のような声だった。少し、舌足らずな印象も受ける。

 夢か。夢だろうか。これは夢なのだろうか?

 自分の頬をつねろうと手を伸ばす。その手が、異常なまでに小さいことに気が付いたのは、頬をつねってからのことだった。


「いふぁい……ゆ、夢ひゃやい……」


……しかも、痛い。これは現実だ。あるいは、とてもリアルな夢か。


「ど、どういうこと……? なにこれ、わたし、ついにおかしくなっちゃったわけ……?」


 上半身を起こして、体をぺたぺたと触る。子供の体だ。肉付きが悪いけれど、恐らくまだ一〇歳にもなっていないであろう子供の。

 腕も脚も細い。腹の肉は薄く、肋骨が浮いていた。着ている服はぼろ雑巾のように汚く、とても現代の日本で暮らす少女の体とは思えない。


 状況が飲み込めず、頭の中がこんがらがって爆発しそうになっていた時。私のいた部屋に向けて、大きな足音が向かってくるのが聞こえた。


「リリエル! リリエルッ!」


 怒声をあげながら部屋の扉……もとい、埃の積もった崩れかけの倉庫の扉を壊すような勢いで開いたのは、小太りの女だった。白髪混じりの髪を、後ろで団子にしている。


「いつまで寝てるんだい! 早く仕事しな!」

「ひっ……」


 見知らぬ人物に怒鳴られている、という事実に体が萎縮する。ろくに返事も出来ない私に呆れたのか、女はそのまま踵を返し、部屋を後にした。


「なっ、なんなの、ここ……わたしのこと、『リリエル』って……これじゃあまるで……」


 これじゃあ、まるで、何だ。私は今、何を想像した?


 リリエル。それは、私が愛するweb小説の主人公の名前。『化け物伯爵と幸せなお嬢様』に出てくる、幸せなお嬢様だ。

 そういえば、そうだ。あの小説の冒頭……三年前に読んだ第一話では、リリエルがとある農場で奴隷のように扱われるところから物語が始まる。その農場の主である男の妻が……確か、『小太りの女』。



「……あ」



 まさか、そんな。そんなはずは。いや、でも、共通点が多すぎる。

 私は急いで部屋から飛び出す。辺り一面に広がっていたのは、大きな農場と、私と同じようなぼろ切れを身に纏った少年少女たちだった。


 ラスール農場……盗賊に攫われたリリエルが売られた、違法薬物の栽培場だ。


「ここ、は……じゃあ、本当に……」


 間違いない。この農場は、作中に挿絵もあったんだ。見間違えるはずがない。私は……私は、『化け物伯爵と幸せなお嬢様』の主人公、リリエルになってしまったんだ。

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