背景
真夜中、満月をつまみに、マーティンとデクスターはチェス盤を目の前に、葡萄酒を嗜んでいた。
「ウェンディ嬢が孤児だとは思わなかった。あれだけできる女性なら、問題なく婚約者にしたいところだが……」
「平民だから問題なのか」
「違う。俺は公爵を外戚にしたくない。あの目は嫌いだ。パワーバランスを考え、先々代からあの公爵家から伴侶を選ばないようにしていたが、さすがに何世代もそうしているわけにはいかない」
「難儀だな」
「しかも、公爵家で受けていた教育は、虐待に当たる」
「教育虐待ってやつか」
「その通り。今はどこの国でも、子どもに対する体罰を伴う教育を禁じているというのに、考えが古すぎる」
「それだけ王太子妃にしたかったんだろ」
「その道を自身が一番閉ざしていると分からない公爵が忌々しいよ」
「でっ、どうするの。私に相談事なんだろう」
「……、ウェンディを連れ去ってくれないか」
「はっ?」
「お前も気に入っていると言っただろう。後宮の女官でもいいから。平民が女官になって、王のお手付きになる話は聞いている。平民でも、それぐらいは……」
「ばーか。私が連れ去るとしたら、妃にするよ。いいのか」
「……、いいもこうもない。この国にいては、どこにいたってウェンディ嬢は命を狙われる」
「公爵にな」
「現に彼女が育った孤児院。私が探りを入れている最中に、シスターが殺された」
「物騒だねえ」
「事故だとされたが、信じられない。孤児院は閉鎖され、子どもたちは他の孤児院にばらばらに引き取られた」
「証拠隠滅」
「どこまでも警戒しておけるなら、警戒しておいた方がいい」
「よくウェンディ嬢が孤児だと突き止めたな」
「ああ、新米の騎士が彼女と同じ孤児院で、当時のことを知っており、教えてくれたんだ。彼女を助けたかったらしい」
「なるほどね」
「耳を貸せ」
チェス盤の駒を動かす手が止まる。
二人は顔を突き合わせ、囁き、頷き合う。
話し終えると、デクスターは椅子の背もたれに身をゆったりと委ねた。
片手を返し、不敵に笑う。
「私は親友の望みを叶え、良い女も手に入る。実りの良い遊学になりなによりだ。漁夫の利、という言葉はこういう時にこそふさわしいものだね」
※
「この場を借りて申し渡す。ウェンディ・クアンシー、貴女は王太子の婚約者候補から外れてもらう」
マーティンの美声が響き渡った廊下の影で、デクスターと新米騎士ハリーが立っていた。
「いいのか、ハリー」
にやりと問うデクスターにハリーは生真面目な目を向ける。
「俺がウェンディ嬢を攫って行っても。孤児であることを耳打ちしたお前こそ、本当は彼女を助けたかったんじゃないのか」
人差し指で、からかうように、デクスターはハリーの肩をつついた。
「俺は……、俺には彼女を守り切れません」
「賢明だね。シスターの二の舞いにはしたくないんだろう」
ハリーは頷く。
「俺は彼女が売られたお金で学校に行き、兵になり、騎士になる道を掴みました。公爵家で幸せになれればいいと思っていたのに、公爵家で雇われていた経歴がある傭兵出身である兵から、彼女の処遇を聞いて、驚きました。どうしても、助けたかった」
デクスターは会場に目を向ける。
「その望み、私が叶えてやろう」
会場で「兵よ、この娘を即刻つまみ出せ」とマーティンが名優さながらに言い放つ。
「さあ、主演の出番だ」
デクスターは会場に足を向けた。
※
園遊会を滞りなく行う背後で、マーティンは公爵への遺憾の意を表明する文書を送っていた。
同時に、このような不敬なことが行われたと、文官たちにも怒りを含める通達を出していた。
これにより公爵はしばらく表に顔を出しにくくなる。
その間に公爵の勢力を少しでもそぎ落とせればいい。
年老いた王の元に産まれたマーティンは即位が目の前に迫っていた。公爵は若い王を傀儡のように使いたがっていることが見え見えだった。
公爵を外戚にしたくない。
そのために、婚約者候補を選ぶとし、決定を先延ばしさせていたのだ。
ウェンディは婚約者として申し分なかったが、公爵家の者であったことがネックだったのだ。
「それが、よもや、平民だったとは。そして、それを逆手にとることになるとはね」
マーティンの口元に自嘲が漏れる。
窓辺に立ち、空を見上げ、呟く。
「しばらく、女性不信にでもなって、婚約者選びを先延ばしにするかな……」
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来週は『王太子の「結婚しない」宣言から始まる秘書官の受難』です。
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