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(4)

ウェンディを軽々と横抱きにしたデクスターが廊下を歩く。


「デクスター様、降ろしてください。もう、大丈夫です」

「駄目だ」

「でも……」

「私の傍にいなさい」


さっきまでのいたずらっぽい表情が消え、真剣な顔で前を向いている。

ただならない雰囲気にウェンディは不安に駆られる。


「こねこはにゃーと鳴くんだ。それ以外は黙っていなさい」


(こんな時に冗談を?)


なにかあると察したウェンディは、こんな場面でにゃーなんて言えないと、押し黙る。


デクスターの横に、一人の騎士が音もなく近づく。首に縫い付けられている印から最も身分が低い者であった。しかし、どこかで見たことがある顔だ。


「馬車の用意はできております。隣国の紋章が入った馬車に乗れば不可侵。だれも手出しはできません」

「ご苦労。ハリー」

「とんでもございません」


ハリーと呼ばれた新米騎士はその後もデクスターの隣にぴたりと侍る。

デクスターの足取りは速く、ヒールのある靴を履くウェンディには到底歩けない速さだった。


見上げるデクスターの真剣な眼差しを見ているとウェンディはだんだん落ち着いてきた。


突然、婚約者候補から外されると公の場で公言され、帰国したと思っていた隣国の王太子デクスターが現れる。二人の王太子は互いに見つめ合い、他の者などいないかのように言い争う。

顛末を思い起こせば、まるで茶番だ。


考える隙間なく連れ去られたウェンディはデクスターの首に腕を伸ばし、抱き着いた。


「なにかあったのですか」


その問いに、デクスターはにやりと口角をあげた。


「聡い女はいいねえ。しかし、今は説明している暇はない。馬車に急ぐぞ」


表門に到着すると、隣国の紋章がきらきらと輝く馬車が待っていた。デクスターの護衛数人と御者もいる。

お忍びの遊学というだけあって、人数は少ない。


馬車の入り口前で降ろされたウェンディはすぐに乗車するように促される。

一緒に走ってきた新米騎士を見た。

やはりどこか見覚えがある気がした。


ついてきてくれたからか、なんなのか、するりと言葉が零れ落ちる。


「ありがとう」

「……」


新米の騎士は大きく目を見開いた。

その無言の驚きっぷりにウェンディは動揺する。


(私、へんなこと言ったかしら)


「もったいないお言葉です」


真面目な顔に戻った新米の騎士はそう言って頭を垂れた。


「早く乗れ」


デクスターにウェンディは馬車内に押し込まれる。

扉は閉まり、ウェンディとデクスターは馬車内で二人きりとなった。

馬車はすぐさま、走り出す。


背筋を伸ばしたウェンディは真横に座るデクスターと向き合った。


「これは一体どういうことですか」

「どうもこうもない。マーティンの不興を買った平民の娘を土産に連れ帰るだけだとも」


両手を返し、腕を広げ、大ぶりなジェスチャーでウェンディを歓迎する様を見せつける。


「本当にそれだけですか」

「それだけだとも」

「嘘です。おかしいことだらけですもの。殿下お二人での話し合いに、帰ったはずのデクスター殿下がいる。しかも、会場を後にしての急ぎ様。あの新米騎士もどこかで見たことがある。思い出せば、殿下の傍に仕えている騎士の一人です。これはなにかあったとしてもおかしくないのでは?

もっと訝れば、始めから殿下お二人、グルだったのではなくて。あの騎士は、私が馬車に乗り込んだことをマーティン殿下に知らせに行くとか……」


笑顔のデクスターがぱちぱちと手を叩く。


「よく、そこまで読めたね~、さすがウェンディだ。本当に君は面白いよ。やはり公爵家で虐げられていただけあって、聡く、警戒心が強く、冷静だ」


甘く囁かれた語尾に、ウェンディは目を丸くする。


「どうして、それを……」


孤児であることはばれているといえど、公爵家で受けていたしうちまで知られているとは思わなかった。

デクスターが身を乗り出し、大きな体でウェンディを包まんとする。


「そうやって乗り越えてきたんだね」

「乗り越えてきたって……」


(この人、どこまで知っているの)


ウェンディは迫るデクスターを押しのけたい気持ちがあらわれ手のひらを向ける。迫るデクスターの胸にぴったりと触れる。


「私の後宮に入れば、公爵は追ってこれない」

「公爵様になにを……」

「平民の娘を婚約者候補にした公爵はマーティンの怒りをかった。探られることが痛い公爵は否定するものの、詮索はしないだろう。ほとぼりが冷めるまで、引っ込んでいてもらえればいい。その間に、マーティンは少しだけ公爵の力を削ぎ落せればいいと考えている」

「……はかったのね」

「そうとも言える」


ウェンディは解せない。


「なら、なんで私を連れて急いでいたの」

「念のためだ。孤児である秘密の根源であるウェンディは命を狙われやすい」


確かに、公爵はウェンディの命などただの紙切れほどにしか思っていないだろう。婚約者になれなければ、死をほのめかされており、実際に実行すると思っていた。


「公爵の息がかかったものがどこにいるか分からないからな」

「だからって……」


ずっと抱いて急ぎ歩きするのはいかがなものか。

何も知らなかったウェンディが恨みがましい目を向けると、デクスターは喉を鳴らして笑い、ウェンディの細い腰に片腕を回してきた。


「なに、なにをするの」


腰が引き寄せられ、仰け反るウェンディ。

覆いかぶさるように迫ったデクスターは、そのままウェンディの額にキスをした。触れるだけの優しいキス。


「俺は得をした。こんなかわいい金の髪をした白いこねこを拾って帰れるのだから」

「ねこ、ねこって、私はねこじゃありません」

「ねこはなかなか懐かないものか。それもいいさ」

「デクスター様、戯れはやめてください」

「戯れ? まさか。俺は常に本気だよ」

「本気ってなんですか」

「本気は本気だ。俺がウェンディを拾って帰る。ウェンディはこれから俺の後宮で過ごすんだ。証拠隠滅したい公爵も他国の後宮までは手が出せないからな。マーティンに断罪されれば、公爵も用済みのウェンディを生かしておかない」

「助けてくれたのは、ありがたいですけど……」

「うるさい」


迫るデクスターがウェンディの唇を奪う。

目を見開くウェンディに、デクスターは深い口づけを続ける。


唇を離なすと、デクスターはにっと笑った。


「俺がウェンディを気に入っているんだ。だまって、持ち去られろ」


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