(1)
「この場を借りて申し渡す。ウェンディ・クアンシー、貴女は王太子の婚約者候補から外れてもらう」
王宮の薔薇園で開かれた王太子主催の園遊会が始まると同時に、王太子マーティン・フェザーリートが澄み渡る美声で宣告した。
会に集められた婚約者候補たちはどよめいた。
口元を扇で隠した令嬢たちの囁き声が広がっていく。
とうのウェンディは、両目を大きく見開き、震えた。
唇は戦慄き、恐怖で蒼白となる。
(どうしよう。どうしよう、婚約者候補から外れたら、私は、あの家で生きていけない。無価値な者として消されてしまう!)
命が危ぶまれる恐怖に両手が震え、やっとの思いで両手を合わせて胸元に寄せた。
「でっ……殿下……、それは意中の方がいるためでしょうか」
せめてそうだと言ってほしい。
そんな願いを込めて、震える声で問う。
「違う!」
鋭い語気が脳天に叩かれて、ウェンディはひっと肩をすくめた。
「ウェンディ・クアンシー、これは貴女の問題だ。
貴女は、正統なクアンシー公爵家の血を受け継ぐ娘ではない。貴族のふりをした平民であろう。すでに調べはついている。
ウェンディ・クアンシー。
よくも王太子の婚約者として、平民の分際で嫁ごうとしたものだ」
「ああっ……」
呻くようにウェンディは声をもらす。
言い訳はできない。
まさにその通り。
その通りだからだ。
王太子は震えるウェンディに容赦なく言い放つ。
「身分詐称。
王家をだましたその罪をもって、婚約者候補から外れるのは、当然であろう」
(やっぱり、罰だ。罰がくだったのだ)
ウェンディはその場に崩れ落ちた。
平民と知れわたったウェンディに手を差し伸べるものはいなかった。
他の候補者たちは、婚約者の第一候補が転落していく様を、遠巻きに静観するだけである。
※
ウェンディは孤児だった。
物心ついた頃にはすでに両親はいない。
元の名はリリーという。
茶系の色味が強い平民のなかでは珍しく、金髪碧眼の美しい童女だった。
思慮深いシスターと、三歳から十歳までの気の良い仲間たちと健やかに育つ。
シスターはたまに『こんなに奇麗な色味の髪と瞳だもの。もしかしたら、どこかの貴族の血をひいているのかもね』と嬉しいことを言ってくれた。
大きな屋敷、綺麗なドレス、美味しい食事。
リリーは童話に出てくる貴族の生活を羨ましいと思う普通の少女であった。
そんなある日、シスターの元へ、とてつもなく身なりの良い貴人が訪ねてきた。
呼びつけられたリリーは、そのまま馬車にのせられ、孤児院を去ることになる。仲間にさよならも言えない別れであった。
公爵邸に連れてこられると、まさに貴族という風体の男性と面会が待っていた。
上から下までじろじろ見られ、怖くて、ずっと下を向いていた。
「まあ、いいだろう。着替えさせろ」
頭ごなしの命令口調。
冷たく、人間味のない声音。
それだけで十歳のリリーは恐ろしくてならなかった。
メイドに別室に連れられ着替えさせられる。
ほこりっぽい、泥臭い。
主人が居なくなると彼女たちは途端に口が悪くなる。
このまま着替えさせられないと、桶に水を張り、布で擦るように洗われた。口答えはできなかった。
間に合わなかったら、またお怒りだよ。
などと彼女たちも主人の不興を買わないよう必死であった。
子どもに気遣う余裕のない大人をウェンディは初めて見た。
薄桃色のドレスに赤いリボン。髪も赤いリボンで結ばれる。
どこのご令嬢かと見紛う変身だが、心はずんと重くなった。
(こんなの私じゃない)
叫びたくても、冷たい大人に囲まれては声も出ない。立っているだけでやっとであった。
リリーの胸に消されてしまったかのような、悲しさが広がった。
(登場人物)
公爵令嬢:ウェンディ・クアンシー(リリー)
王太子:マーティン・フェザーリート
隣国の王太子:デクスター・ライランス
全五話本日中に完結します。
ブクマして続きを読んでもらえたら嬉しいです。