それは遥か昔の物語Ⅶ
どうもシファニーです。月も変わって六月ですね。今月も励んでいきましょう。
第二百三十七部、第七章第二十八話『それは遥か昔の物語Ⅶ』です。どうぞ!
目の前で黒い炎に焼かれる人々と、叫び声。私の怒りを刺激するには、それだけで十分すぎた。陽光は、慈悲無き慈悲をもたらした。
「《零酷停王》」
怒りの根源は燃え尽き、熱を失った。圧倒的な熱量を放つその奥で、絶対零度は拡大する。心の奥底に眠っていた冷淡なまでの冷たさが、ソルの心を蝕んだ。そして、生み出した。絶対的なまでの、不変の無音を。
温度を感じさせない残酷を。停滞し続ける零を。結果だけをその眼に宿した、冷酷を象徴するその王が。目覚めて、しまったのだ。
燃え上がるソルの瞳の奥の、その中心で。黒く淀んだ点が浮かび上がる。段々と大きくなり、紋章を描き出す。そして、刻まれる。その眼に、灰色の氷が。
「《天照神》」
その背に背負うのは、獄炎の狐。そして、灰燼の帝王。黒と赤に覆われた黄金の狐は、その怒りを力に変えて、その表情を冷淡へと変える。
「もう、許さない。陽光は、あらゆる悪を、燃やす尽くす!」
情熱は、轟炎は。燃え上がる命の揺らぎは。最強と言われた原初の竜すら、覆いつくす。
「灰塵に帰せ、《|零炎の滴は万象を溶岩と賭す《ヘルニヴェル・グラハート》》」
底冷えするような溶岩は、始祖竜の巨体を包み込む。藻掻き苦しみ暴れ出す始祖竜は、しかしその速度で持っても逃げ出せない。圧倒的な質量を伴う灰燼は、そのすべてを包んで離さない。紅に染まった空すらも覆い隠す灰色が、死せる竜に死をもたらす。
それは、そこに残った亜人たちすらも飲み込んで、阿鼻叫喚を形作る。天を覆う天災に、地に伏す民の尊厳はない。超越された力によって、為すすべなく飲み込まれていく。火砕流の波には、誰も逆らえない。
「覆せない力の奔流は、お前でさえも止められない! 私の炎が、滾ってお前を滅びつくす!」
太陽かのように幻視するその姿に、民は平伏した、そして、定めだと知った。この命尽きることの意味は、あったのだと。真の神が、降臨したのだと。絶望的なまでの力の差が知らしめる。生死を厭わないこの神髄に、理不尽なまでの定めは、存在したのだと。
灰燼は、始祖竜を包み込む。その全身を覆いつくした溶岩は、その体の全身をゆっくりと砕けない炎で拘束していく。ぐつぐつと煮えたぎるマグマが、触れる傍から不可逆に固まっていく。
「もう、終わりよ」
その手を翳し、振るう。采配は、振るわれたのだ。
開かれた炎の狐の口が、始祖竜の体を食らいつくす。
「《安楽は零炎に眠る》」
凄まじい爆炎に晒されて、始祖竜は朽ちて行く。それに伴って、じゃない。それと同時に、世界樹に流れる力が変わった。ルナがやったのだ。これで、世界樹に留まる必要もなくなったはずだ。
そこで、僅かな意識が私に宿る。
「あ、れ……私、いったい――」
体に迸る力を感じる。滾る炎が、全身を焼いている。両手に宿る力の根源が、世界すらも破滅せんと暴れ狂っているのを感じる。まるで、怒りの源が、それを望んでいるかのように。
「な、なにこれ!? せ、世界樹が、燃えてる!? 燃え上がってる……空が、森がッ!!」
辺り一面に広がる火の海が、私の視界を覆いつくす。宿る炎を貫く冷たい感情が、私の体を震わせる。
恐怖。それは、世界すらも滅ぼす私自身の力を恐れた、絶対的な恐怖だった。
「ヤダ! ダメ、絶対にダメ! 今すぐ、やめて!」
振り返る。そこには、炎の狐と氷の帝王が君臨していた。
「あんた、あんたが、私の力をッ!!」
氷の帝王に振り返ると、陽弧は私の後ろに憑依した。
「あんたは、私の言うことを聞いているみたいね。こいつを、許さない」
佇む帝王に立ち向かう様に、私は拳を握った。瞳を燃やすような、怒りが燃え上がった。
背後で、何かに藻掻き苦しむ声が聞こえた。
「ああ、あんたもいたわね。ちょっとそこで寝てなさい」
念じれば、力が動き出す。溶岩と化した始祖竜の体は、荒野の下で石板になる。
「またあとで、滅ぼしつくしてあげるわよ」
そして、向き直る。けじめを、つけなくちゃいけない。
想像を絶する戦いの幕が、切って落とされた。
大罪に数えられる悲劇は終わった。陽弧に滅ぼされた帝王は、やがてその力を衰退させてソルの中で眠りに着いた。それと同時に、溢れんばかりの熱に覆われ、その力と意識のほとんどを使いつくしたソルもまた、眠りに着いく時が来た。その肉体の、限界を迎えたのだ。
「ソル、よくやってくれましたね。あなたのおかげで、始祖竜に長い封印を施すことが出来ました。これで、この世界もしばらくは安泰です」
「ソル様、お初にお目にかかります。エルフクイーンの、リリアと申します。此度は、私たちエルフを救ってくださって、ありがとうございました」
「……ソル、遅れて申し訳なかったかの。そして、無事でいてくれて良かったかの」
大地に眠るその宮殿で、ソルはまさに眠りに着こうとしていた。そして、そのソルの眠りを見守るためにネル、リリア、ルナはそこを訪れていた。
「……何よ、まったく。別に死ぬわけじゃないのよ。そんな悲しそうな顔をしないで。……また、千年後くらいに会いましょ。その時は、みんなで集まってご飯でも食べましょう。それじゃあ、おやすみね」
「おやすみなさい」
「お目覚め、お待ちしております」
「……ぐっすり眠るかの」
眠りに着く直前に、ソルはにこりと笑って見せた。
「ええ」
そして、人知れない宮殿の中で、ソルは一人眠りに着いたのだった。
今回もかなり踏み込んだ内容となっていました。もうそろそろ、日常的な話を書いている余裕はないかもしれません。今後もご期待を!
ブックマーク登録、いいね、評価、感想等頂けると幸いです!




