「第六話」 日常
人工的な照明が広がり、黒髪の男ミコトは金髪の女性と黒髪の少女を連れて歩いていた。
三人の周囲には生鮮市場で取れた新鮮な野菜が並んでいた。
2150年になっても、食品市場の風景は変わらないのか、ミコトは本日の献立をどうしようかと悩んで、隣を歩いている金髪の女性エマは黒色の帽子を被り、嬉しくて堪らないのか、鈴の様に微笑んでいた。
「…今日はミコト君が食事当番の日だよね…私ちょっと楽しみにしているんだ」
強者の余裕と言ったところだろうか……実際引っ越し初日の彼女の料理は上手で美味しかった―――だからこそ、普段料理をしないミコトは彼女と自分を比べてしまった。
「……」
そして、ミコトとエマの後ろをちょこちょこと付いてくる、黒髪の少女ヒカルは羨望の眼差しでミコトを見つめていた。
(……そんなに期待されてもなあ……)
二人とも、自分に何を期待しているのか知らないが、ミコトは料理というものをしたことが殆どない。
(…何しろ、味噌スープすら作ったことないしな…どうしよう?)
ミコトは本日の食事当番が自分で合った為に、真面目な性格もあって、少しは料理の本というものを見ていたのだが、見ただけで作った気になり実際は何もしていなかった。
心の中で溜息を吐いて、目の前にあるジャガイモと玉ねぎを籠に入れていく、一応献立は決まっており、その他の食材も迷いなく詰めていき、レジに通ろうとする所でエマに服を掴まれ。
「…ミコト君、味噌買わないと…味噌スープ作れないよ」
「…え、味噌スープって、味噌がないと作れないんですか…?」
ミコトは素朴な疑問をエマに投げつけると、彼女は驚いたように黒い瞳を大きく開け。
「もしかして、ミコト君、料理ってあまり作ったことない…?」
「…いや、そんなことないですよ…少しぐらいならあるんですけど、最近は買い弁が多くて」
ミコトはエマに心配されるように瞳を覗かれたが、精一杯の虚勢を張った。
「……それなら、いいんだけど、なんかミコト君、ちょっと強がってるように見えたから、心配になって」
どうやらミコトは何処までも、見透かされているようだった―――むしろ虚勢など張らないで正直に言っておけばよかったと後悔するのは後になるのだが。
取りあえず、ミコト達はレジでの清算を終えて、三人が暮らす場所に車を走らせて街を眺めながら帰っていく。
『――それでは、本日のニュースになりますが』
車内のモニタが映り、現在の世界を構成するに至った流れを放送していく。
嘗て東京と呼ばれた都市にミコト達は暮らしており―――現在は、旧世紀と違い、世界中での貧困や食料自給率からくる飢餓も殆どなかった。
その代わりに地球の人口は機械と人類の戦争で10億にまで削られており、当時80憶いた人口を10億まで削ることから、どれだけ凄まじい規模の戦闘であったかが分かるというものだった。
そして、人類に勝利した機械は徹底的に人間を管理して、自分たちを作った創造主に敬意を込めるという意味合いもこねて人類を管理しているのだという。
車内から流れてきた音声が大まかな歴史を説明してくれて、ミコトは都会の街並みというのは物思いに更けさせるのか、ヒカルもエマも黙って放送を聞いていた。
「…確かに、生活は良くなったよね…でも、海外には行けなくなった」
エマは現在の暮らしに少し不満があるのか、景色を眺めて、愚痴をこぼしていた。
確かに、色々な問題が解消されたが、その代わりに海外に行けなくなっていた。
現在の人々のくらしは、一つのコロニーで管理されており、ウイルスの感染であるパンデミック症候群の危険性があるために全面的に禁止されており、余程の事がない限りは、コロニー間の移動はできなく、渡航や大陸間の移動は禁止されていた。
『…続いて、脳の話しになりますが…現在の人類は3種類の人種に分かれています…』
ラジオから、しゃべられている音声が現在の人類は3種類の人間に分かれていると説明を立てていた。
脳以外を機械にしており、子供を産む機能や食事の楽しみを排除したサイボーグ型の人間であり―――テスラ少佐がこれに当たる。
機械と人間を融合させて、ある程度人間の部分を残し、子供も産めて、食事も楽しむことが出来るアンドロイド型―――ミコトはこれに当たり。
最後に旧世紀と何も変わらない、何も機械が入っていない人間をヒューマノイド型と言い―――エマやヒカルがこれに当たっていた。
こうして、人類は3つのタイプに分かれ、それぞれに暮らしていた。
『…そして、現在世界中の科学者やAIが研究しているのが人の脳を人工的に―――』
モニターが脳の話しになった途端、エマがラジオを切ったのだった。
「ごめん。ミコト君…聞いてた?」
「いや、別に、僕は…エマさんがラジオ嫌いなら、いいですよ」
「…ありがとう…私…脳の話しあまり好きじゃなくて…」
いつも穏やかな雰囲気で笑っているエマだったが、脳の話しになった途端に、彼女は儚げな表情で今にも消え入りそうな感じだった。
(…脳か…そこだけは未だに未知の部分が多いんだよな…)
ミコトは後ろに振り向き、後部座席で寝ているヒカルの頭に視線を持っていて、現在進んでいる、技術について思案していた。
『脳を機械化して、人は不滅の存在に至る』
誰かが言った言葉だが、脳の機械化に成功すれば、そこから脳の記憶を機械にコピーさえすればいいわけで、更に記憶は残るわけだから、不滅だという事である。
(…馬鹿馬鹿しい…)
ミコトは自分の機械の部分である体を見て、嫌悪感を覚えて吐き捨てた。
『―――この機械野郎‼!』
ミコトは人より優れた部分を多く持つが、それ故に欠陥もある―――それは力の加減が難しく、非常に気を使うということだった。
幼いころから、アンドロイドとして改造された所為もあり、畏怖の目で見られた事もある。
ミコトは感傷に更けていた意識を回復させて、頭を切り替えて、脳について考えていた。
そして現在―――最も研究が進んでいるのが、【人工脳】と呼ばれている物だった。
人工脳とは、その名の如く人口の脳であり、脳の機械化と違うのは、脳を機械化してしまうと、体の全てをサイボーグ化してしまうのに対して、人工脳とは頭だけを機械化して肉体の部分を残すという夢物語みたいな研究である。
即ち―――頭は機械だが、体は人間であり子供も産めて、食事も楽しめ、人間として生きる事ができるということである。
また肉体が歳を取れば、肉体の部分を入れ替えて若く新しい人生を楽しめる利点もあって―――世界機構ミスラの到達点とも言われて、現在彼らの研究は、脳の機械化よりそちらにシフトしていた。
研究の内容を見ると―――まるでロボットが人間になりたがっているとしか思えなかった。
(……あり得ないな)
ミコトは自分の考えを否定して、笑い―――もしも、実例に成功した人間がいたら、地の果てまでもミスラは追いかけてくるだろうし、自分にも命令が回ってくるはずだった。
その点から、考慮しても、未だに彼らが到達点に達していないのは明確だった。
もしも彼らが到達点に達したときに―――人類はどうなるかそれは明言していないが―――他者に害されない限り、永遠の生が約束されていると語っている。
「…ミコト君…そろそろ着くよ」
物思いに更けていた、ミコトはエマに揺さぶられ現実に回帰した。
どうも車内から見える、街並みというのは人を物思いに更けさせるなとミコトは考え。
「…すみません。少し物思いに更けてて」
ミコトは自分が感じていた以上に回想していたらしく、エマに謝った。
「別にいいよ、仕事終わりだし。疲れているのもあるしね…それに、これから肉じゃが作ってくれるんでしょ」
「…おじちゃんの肉じゃが」
「…分かりました。作りますよ…ただ少し下手くそかもしれないですけど構いませんか?」
エマとヒカルの小突きにミコトは嘆息したのか、少し投げやりになっていた。
「そんなの気にしないわよ…料理は愛情だしね」
「ねっ。ヒカルちゃん」
エマはヒカルに同意を求め。
「うん。愛情」
ヒカルもエマに答え車を降り会話をしながら、所長のトモミに提供されたマンションのドアを開けて荷物を置き、靴を脱いでいた。
襖を開き、畳が引いてある座布団に座りちゃぶ台に手をついてお茶の準備をする、エマの姿は年頃の女性という感じはあまりなく、落ち着いた雰囲気の女性というのが似合っていた。
というよりかは、1990年代を意識させるような雰囲気のある間取りが、彼女を落ち着かせているのだろう。
リビングにソファーはなく、畳になっており、ちゃぶ台とモニターが置かれた少し殺風景な部屋は、少し簡素な花が飾ってあるだけだった。
「ミコト君もお茶飲む?」
エマは荷物をしまい、お茶を入れるとミコトにも進めてきたが―――ミコトはやんわりと断り。
「いえ、僕はこれから料理の準備をするので置いといていただければいいですよ」
隣にちょこんと座っているヒカルにお茶を入れた。
「はい。ヒカルちゃん」
「ありがと。エマお姉ちゃん」
姉妹のようなやり取りが進むのを微笑ましく見ながら、ミコトは台所という戦場にたった。
料理の献立は頭に入っており、段取りも決まっており、全てに抜かりはないはずだった。
「…さてやるか」
ミコトはエプロンを装着して、三角巾を付けて黒髪をしまい、赤い双眸を走らせて、肉じゃがに入れるジャガイモの皮を高速で剥き、刻んでいった。
順に玉ねぎ、人参と刻んでいき、鍋に入れて炒めていきペースト状まで刻んだ豚肉を入れて煮込んでいく。
「……味付けはこれだ……万能兵器…めんつゆ‼」
ミコトはドヤ顔で、何もかもが粉々に粉砕された肉じゃがに万能兵器めんつゆを入れて味を整えて、その他の料理と言っていいか分からないものを次々に仕上げていった。
その傍らでミコトの様子を見ていたエマは熱いお茶をすすりながらテレビを見ているヒカルを見つめて。
「ヒカルちゃん……多分、ミコト君。料理できないから、怒らないで上げてね」
エマはミコトの様子を見ながら、恐らく彼は料理はできないというか―――殆どやった事がないのだろうと推測立てていたが、実際に調理している姿をみてできないという事が分かったのである。
「うん。分かった……ヒカル我慢して、少しだけ言う」
「お願いね…」
エマは悪戯が成功した子供の様に笑い、ヒカルもそれに習って笑う。
「…できたみたいだから、装うの手伝いましょ」
エマに促されて、ヒカルは立ち上がりトテトテと歩きミコトの料理を装うのを手伝った。
三人で仲良く、装い食卓の上に並べられた料理を見てエマは顔を少し引きつらせた。
「……ミコトおじちゃん…これなにー?」
「…それは味噌汁だよ」
「お豆腐。大きいね」
味噌汁は大きい豆腐が入れてあった、普通は少し小さめに切るのだが、どうやらパックから空けて、そのまま入れたのだろう、蛇なら一口で丸のみにできたかもしれないが、女性陣には無理だった。
「…ほうれん草が繋がってる。エマお姉ちゃん繋がってるよー」
ほうれん草のお浸しは、ほうれん草がカットされていないで見事に全て繋がっていた。
「……はあ」
エマは端正な顔に皺を寄せて息を吐いた。料理ができないと思っていたがここまでとは思わなく、やはり少しぐらいは見てればよかったと後悔したのだった。
「…でも、美味しいよ。エマお姉ちゃん」
にぱーっと笑い、こちらに顔を向けるヒカルに文句を言おうと思っていた。エマは毒気を抜かれたのか、エマもヒカルに習い、離乳食みたいになってしまった肉じゃがをスプーンで掬い味見する。
「…美味しい」
見た目とは裏腹に味は、悪くなく美味しかったが―――
「見た目がね……それさえ良ければ、言う事ないんだけど…」
エマは巨大な隕石のような豆腐を箸でほぐしながら、啜ってミコトと向き合うと。
「ミコト君、料理できないなら、言って欲しかったなあ…」
ミコトはエマにジトっと見られると居た堪れなくなり、頭を地べたにこすり助つように日本式の土下座をした。
「…ゴメンナサイ。実は料理は殆どしたことないです……主に買い弁ばかりでした…」
ミコトは畳に頭を平伏させて、二人の反応を待っていた。
「いいよ。別にそんな謝らなくても…判決はヒカルちゃんに委ねます」
エマはヒカルに判断を伺い、ヒカルはハッキリと言った。
「…おじちゃんって料理下手なんだね」
「ぐはっ‼」
幼女の容赦ない物言いは、ミコトの心身に突き刺さった。
「…でも美味しいから、いいよー」
(…クッ、この歳で飴と鞭だなんて恐ろしい子だ…)
落としてから、上げるという高度な技にミコトは感心し下げていた頭を上げた。
「ありがとうございます」
「…今度ご飯作るときは、一緒に作ろうね」
「ヒカルも作るー」
陽気な二人に和まされたのか、ミコトはこんなに賑やかな食卓は久しぶりだなと感慨に耽った。
食事も終わり、食器を片付けていく中でミコトはエマから質問を受けた。
「…そういえば、ミコト君はアンドロイド型の人間なんだっけ?」
「そうですよ。僕はアンドロイド型の機械ですけど…何ですか?」
「いや、拒絶反応とかないのかなって思って、それとアンドロイド型の分類は【人間】でしょ」
「……そうですね。人間でしたね。僕は拒絶反応とかは、殆どありませんでしたね」
人間の体の部分に機械を移植する上で避けて通れないのが拒絶反応であり、人工の臓器、筋肉などが作られた当初は問題があったが、現在では概ね改善されており、拒絶反応は皆無に等しかった。
「…そっか羨ましいね…」
エマの呟きは茶の間でテレビにくぎ付けになっているヒカルのテレビの音と自身が食器を片付ける音によって誰にも聞かれなかった。
「…何か言いましたか」
「ううん。何も言ってない、それよりミコト君はあまり自分を機械だなんて卑下したらダメだよ。アンドロイドやサイボーグを機械野郎なんて言ったりする人もいるけど、私はミコト君を人間だと思ってるから」
エマはミコトに言い聞かせて見せるが、それは彼女自身にも言っているように見えたのはミコトの気の所為だったのか、彼は気恥ずかしそうにしてお礼を言った。
「あはは、そうですね。どうも色んな人から機械野郎って言われてる所為で……エマさんとヒカルちゃんはヒューマノイドですよね。アレルギーとかは―――」
ミコトが言い終わる前に、目の前で洗い物をしていたエマが急に頭を押さえて倒れそうになり支えた。
「エマさん‼ 大丈夫ですか‼?」
ミコトはエマを抱いて彼女の無事を確認するが、返ってくるのは水道の流れる音だけだった。
肉じゃがって作るの難しいですよね。
知り合いにめんつゆを入れると上手くできるって教えてもらい、それ以来めんつゆを使っています(*'ω'*)