「第一話」 駆除
西暦2150年。
世界は機械に管理されていた。
軍も警察も政治も人の生き死にすら。
機械達は迷いがなかった。ただひたすらに人類を未来永劫管理すること目的として作られたからだ。
そこには今の時代を映すが如く管理するものと管理されたものの一つの光景があった。
見渡す限り蒼天の煌めきの輝きが激しいなか、大地に凄まじいまでの土煙がまっており、それは軍隊の大行進を思わせた。
否、進んでいるのは軍隊ではなく数万を超える機械の群れだった。
足についたローラーを高速で回転させ、土煙を上げながら行軍し、頭に付いてる、愛嬌のある丸い瞳を発行させて、ずんぐりむっくりの体系をした市街地歩行型ロボット・A3型アンリは住宅街を目指しており、包囲することが目的だった。
歩行型ロボットアンリ達は次々と集まり住宅を包囲していき、やがて包囲が完璧になり、虫の子一匹すら通れないほどに集まると、ハサミ型の手と頭についた丸い瞳をチカチカと発光させながら、発令した。
「第12地区の皆様方には、大変ご迷惑をお掛け致しますが、世界管理機構ミスラから重要なお知らせがあります。
皆様の命に関わる問題でもありますので、どうかお聞き逃しのないようにお願い致します」
住宅街の備え付けられた拡声器も使い増幅された発令は、昼寝をしていた住民も起こして、何事かと思ったのか次から次へと住んでいる住民たちは、殆ど家から出てきた。
そして数万を超えるロボットの姿を見た後に、これから自分たちの起こる未来を想像して顔を青白く染め、声高に叫んだり、呟いたりするもの、子供を抱え泣くもの様々な人がいた。
「……嘘よ…そんなの嘘よ」
「…嘘だろ、俺たちの地区はないって言ったじゃないかよ!!」
「…終わったわ……私の人生…」
誰もが絶望に打ちひしがれる中で、ロボットが与えられた命令を発令した。
「第12地区の住民の皆様においては、大変残念でありますが、本日午後3時を持ちまして、増えすぎた住民を間引きするために、第12地区の住民の皆様方は駆除されることが決定いたしました。
皆様方の犠牲によって、人類は今後数年から数十年の未来が約束されることになっております。
今後とも我々世界管理機構、ミスラは皆様方を未来永劫管理することを約束いたします」
要は増えすぎた人類のバランスを整える為に、人間の間引きが必要になったということだった。
そして不幸にも選ばれた住民は彼らであり、彼女らだったという理由だった。
歩行型ロボットアンリが言い終わると、烈火の如く住民たちは叫びだした。
「ふざけるなぁああー!?」
「冗談じゃない!!」
「お願い、嘘だと言ってよぉぉぉー!」
他の都市でも人類の間引きが起きたという話しは噂程度に、住民は聞いていたが、まさかそれが自分たちに降りかかるとは誰も思っていなかったのか―――世界管理機構ミスラの駆除とは、全ての住民が対象という事であり、そこに一切の慈悲はなかった。
機械というのは昔から、与えられた命令を遂行するために疑問等は一切持たないのだから当然だった。
誰もが絶望と嘆きに打ちひしがれる中に、人込みを掻き分けて子供を抱えた一人の女性が歩行型ロボットアンリに食って掛かった。
「待って!! 私はどうなってもいいから息子だけは!!」
女性は必死に懇願した、自分だけはどうなってもいいから息子を助けてと、幼子を抱えて、情を訴えるその姿は旧世紀の人間なら通じただろが相手はロボットであり彼らから返ってくる答えはいつも同じだった―――が、今回は違った。
「……落ち着いてください。我々は完全なる管理された社会を約束しています。そのお子さんが心配ということですね。どうか我々にお任せください」
歩行型ロボットアンリは幼子を受け取ろうと機械の手を差し出した。
その姿に安堵したのか、母親はわが子を地面に立たせた。
「……ママ…」
不安げに母親とロボットの方を見る、幼子は少しつたない歩きでロボットの方に歩もうとしたが、それがわが子の最後の姿になるとは思いもしなかった。
「……目標確認。 生後3歳男、これより駆除を開始します」
歩行型ロボットアンリのハサミが開き、ドンッ!!と命の終わりを告げる鉛玉が子供に向けて発射された。
数発の銃撃の音に、蜂の巣になった男の子は糸が切れたように地面に倒れた。
「…マ…」
ゴホッと一度だけ咳き込み、母親の方に血まみれの手を伸ばして呟き男の子は物言わぬ肉塊になった。
「ありがとうございます。お子さんの犠牲により、人類の未来は……」
歩行型ロボットアンリが何かを言っているが、母親には聞こえなかった。
人類の未来が犠牲がどうだのと宣っているが、そんなものはどうでもよかったのだ。
目の前で行われた悪魔の所業を起こした機械をどうすれば、息子と同じようにできるのか頭にあるのはそれだけだった。
そんなことを考えていたら彼女は壊れてしまったのか、頭を俯かせ両手をダラリと下げた後に感情を爆発さこせてロボットの群れに突進した。
「…お前っー!? お前ー!?」
魂の咆哮と共に一人でも多くの物言わぬ機械を道連れにしようとの行動だったが、歩行型ロボットアンリ達はピーッピーッと警告音を鳴らして瞳を赤く発光させて彼女に向けて発砲した。
目から涙を流し、鬼子母神のような表情で母親は前のめりに倒れていき、乾いたアスファルトが血を吸いこんでいき、彼女も息子と同じところに召されていった。
「……他に、人類の未来に貢献する方はいますでしょうか?」
歩行型ロボットアンリが人々に問いかけるが、誰もが後ずさりをして自ら死のうと考えるものはいなかった。
いるとすれば、死にたがりの人間か、何も考えていない馬鹿か、この数万のロボットの包囲網を抜けられると信じている者だけだろう。
午後三時まで、あと数分、秒間に直せば数百秒だろうか、その後に訪れる未来を想像して誰もが悲観にくれていた。
悲観にくれる人々にロボットは決定された事実を言うだけであり、まるで悪い冗談のようでもあった。
「ご安心してください……まだ駆除までには数分あります。皆様はどうかこの時間を有意義に使われるよう―――『ゴシャ!!』
最後まで言えなかったのか、歩行型ロボットアンリが数台ほど、空を舞い上り吹き飛んでいった。
「手前ら俺たち人間が、いつまでも機械に好き勝手させてると思ってんじゃねえぞ!!」
誰もが悲観に暮れるしかない中で、歩行型ロボットを吹き飛ばしたのは筋肉質の長身の偉丈夫だった。
彼の名前はジョージといった。
「オラァ!!」
ジョージは怒号の裂帛と共に手に持っていた戦鎚せんついを振ると、またもやアンリ型のロボットが数メートルは吹っ飛んでいった。
こんなことは普通の人間ならあり得ない。例えどれだか力を込めようと数十キロはあるA3型アンリを吹き飛ばすことなどはできないはずだった。
その秘密は彼の手足にあった、彼の手足は半分が機械化されており、その力はもはや人間を超えており、その並外れた膂力と運動機能を持って、凡そ数十キロに匹敵するではあろう戦鎚を振り回していた。
並の人間では振り回すことのできない、戦鎚を振り回し暴虐の権化となったジョージはロボットを吹き飛ばし、囲みを正面突破して方位に穴を空けていく、その姿に希望をみたのか人々の顔に希望の花が咲こうとした時に、彼の戦鎚は大気を揺るがすような轟音と共に受け止められていた。
「ぬうぅ!!」
ジョージが顔を苦悶の表情に染める。
「随分はしゃいでいるが、これ以上は私の失点になるのでな」
ジョージの一撃を受け止めたのは、ロボットでも機械でもなく一人の人間……否、機械と人間の中間でありサイボーグと呼ばれる人間だった。
アングロサクソン系の金髪と長身の筋骨隆々とした、その背格好は中世の騎士を思わせた。
ジョージはその存在を知っており、悪態を吐いて敵対者と距離を取る。
「サイボーグ型の管理者か!! 機械に魂まで売った犬風情が!!」
世界機構ミスラであるが、その全てが機械であるということはなく中には人間もいる勿論、機械に肉体も心も全て寝返ってという形だが。
彼らは管理者と呼ばれ、人々から畏怖されていた。
「確かに、私は機械に下りミスラに所属しているが、犬と呼ばれる筋合いはないな」
「テスラ少佐。申し訳ありません。今回の駆逐に関してはアンドロイド型、またはサイボーグ型の人間はいないと思われたのですが」
「……なに、構わん。何事にも不確定要素はある。それに最近なまっていたこともあるし、体をほぐすには丁度いい」
恐らくテスラ少佐と呼ばれた人物が、この地区の殲滅を任された指揮官なのだろう。
これが軍事行動なら、確かに指揮官がいるのは明白だった。
そしてこの指揮官を倒せば、統率者はいなくなり包囲網に穴が空く可能性もあり得るかもしれなかった。
「それに、こういった事例に対して私が対処することも今回の作戦の一部だ」
テスラ少佐はジョージとの距離を離し、手に持っていた得物を正面に構える。
彼の持つ得物はクレイモアと呼ばれる西洋の大剣であるが、ただし人類史におけるクレイモアとは比較にならないほど強大で刃が分厚く、長さにおいては2メートル以上にもなり、人が扱うことを考えてはいない作りであった。
一方でジョージが持つ戦鎚も人間が使うことを前提に考えてはいない作りだった。
テクノロジーが行き過ぎた文明は戦いにも変化をもたらした、サイボーグやアンドロイド型の人間はその気になれば時速100キロ以上で動け、跳躍力は5メートル以上にも達する。
そのような対象を重火器で狙うには莫大な火力で面を制圧する必要があった。
一体のアンドロイド型、サイボーグ型の人間を殺すために使う弾薬は数万発であり、あまりにもコストに無駄があることから、AIや、コンピュータは旧世紀の騎士や刀剣の戦い方を思索した。
これが現代風の重火器を捨てて、中世期の近接戦闘にまで戦い方が変わった理由である。
風を切る音と共に、人間を超越した者たちが走らせた金属の軌跡が舞い、空気中に幾つもの火花が走る。
「ふむ、膂力と筋肉に関しては私の方が優れているようだな」
テスラ少佐は冷静に敵対者との力量を比較して、万が一にも負けないことを想定し堅実に攻めることを決めた。
「では行くぞ!!」
宣言と共に上段に構えたクレイモアを振り下ろした。
ジョージは咄嗟にその一撃を受けるが、後手に回ったのは確実だった。
「クッ!!」
ジョージの顔が苦悶の表情に変わり、その表情こそが彼自身の劣勢を物語っていた。
管理するものとされるもの、元から機械の性能の差は開きすぎており、最初から敗北は必至であったのだ。
故にジョージが取った答えは、テスラ少佐と距離をとり戦鎚を大上段に構えて乾坤一擲の一撃による粉砕だった。
「…成程、そちらの不利を図り全力での一撃を放ち、万が一にでも勝利を拾うか、私が逆の立場でもそうしただろうな限りなく正解に近い答えだ……」
テスラ少佐はジョージを褒めて称える。
「…ならば私も礼儀によって答えるか」
これに対してテスラ少佐が切り上げの構えを用いて、構える。
剣術は一般的には上段の構えを火の構えと言い、攻めの構えであり、下段の構えを防御の構えという。
この場合は攻めの構えを取ったジョージに対して、防御の構えを取ったテスラ少佐という構図が導かれた。
静寂が辺りを支配し観戦するのは、数千を超える人々とロボットの群れであり、
まるで旧世紀の映画やドラマの場面を思わせるが、目の前の場面は紛れもなく現実だった。
「おおおぉぉぉ!!」
全てを込めた、魂の咆哮と共に全力の一撃をジョージは打ち下ろし、外れるにしろ防がれるにしろ、音速にも匹敵しようかの戦鎚の切っ先からは大気を震わせるほどの音が想定されるほどの未来を彼の頭は描いていた。
―――がっ音は訪れなく、代わりに訪れたのは戦鎚の上半分と彼の両腕が地面に落下した音だった。
「……えっ」
ジョージは目の前の現実を直視できなかったのか、何が起きたのか割らない様子だった。
「……うあああぁぁぁ!?」
両手からの夥しい出血の後に、彼は現実を認識して腹の底から叫んだ。
「…そ…んな、何で」
テスラ少佐は、彼を一瞥して少し息を整えた後に、クレイモアを背中の鞘に納めてから、ジョージの疑問に答えた。
「…なんで、どうしてか……? きさまら市民はいつもそうだな。現実を直視してから喚き始める。それがどれだけ恥知らずかも知らずにな」
テスラ少佐は心底呆れた様子で、現実を言った。
「貴様の敗因は、ただ一つ私の力量を見誤った事だ。戦いにおいて、敵と自分の力量を把握できんなどと犬畜生にも劣る……旧式のサイボーグの戦鎚を半分にカットするなど造作もないことだ」
つまるところ単純な話、旧式と最新式の違い、ただそれだけだった。
機械の科学力は人間を凌駕しており、人類側の男は、ただ単に井の中の蛙であり、自分より優れたものに敗北した……只、それだけのことだった。
出血の止まらない、自らの両手を眺めながら、ジョージは呟いた。
「…ククク、笑うしかねえな…なあ、あんた頼みがある、ここにいる住人達を…」
ジョージが喋っているのを遮り、テスラ少佐はジョージの首を両断した。
「…住民を見逃せと、悪いがそれはできない相談だ。ここの地区の駆除は、前から決まっている事だ。私は元々は退役軍人でな命令には一切の疑問を持たない」
テスラ少佐の発言と共に周りを囲んで住民から、怒号が飛ぶ。
「あんたも元々は人間だろ!! それがどうしてロボットに従ってるんだ!!」
彼を囲んでいる住民から、彼に疑問の声が上がった。
「君たちが駆除されるまで、あと数十秒だけある、その質問に答えよう・・・どうして従っているか、簡単なことだ。それが私に与えられた命令だからだ。君たちも会社では上司の言うことに従うだろ? それと全く同じことだよ」
簡潔に誰にでも分かりやすいように、テスラ少佐は周りの住民に答えた。
彼は何処までも軍属思考であり、そこに疑問など挟まない、だからこそ管理する側ロボットの方にいられるのだった。
彼の言葉を皮切りにわなわなと震えながら、様々な絶叫、怒号、咆哮と共に人々は彼に飛びかかった。
「…ふざけるなぁー!!」
「お前ーっ!!」
「……全く度し難いな、市民の愚かさというのは」
テスラ少佐の呆れた、ため息とともに何人かの上半身と下半身が分断され鮮血が舞うと、炎が鎮火されるように彼に飛びかかるものはいなくなった。
「…貴様らはいつもそうだ、他人に火の粉が降りかかるときは、我関せずをしてるくせに、いざ自分たちに火の粉が降りかかるとブタのように喚きだす。それがどれだけ醜いか理解せずにな」
テスラ少佐は彼らを見渡し突き放すように言った。
周囲一帯が数巡沈黙した後に午後三時を知らせるタイマーがなり歩行型ロボットアンリが開始の合図を告げた。
「皆さま、時間になりましたので、それでは、これから人類の未来と繁栄のために駆除を開始させていただきます」
テスラ少佐も手についた時計を見て時刻を確認して、クレイモアを引き抜いた。
「…時間か、それでは私も駆除を開始するとしよう」
これから始まるのは虐殺というのも、生ぬるい機会による一方的な駆除である。
ロボット一号 市街地歩行型ロボット A3型 アンリ 駆逐レベルE
足は回転型のタイヤで出来ており、ローラースケートのような形になっており、手はハサミの形であり、ハサミが開き銃弾を発射する。
ずんぐりむっくり型で頭が丸く発光がたの目をしており、危険信号を知らせるために目が赤く光り攻撃する。
一番しっくりくるのはアリスの物語に出てくるハンプティダンプティにハサミ型の手と丸い発光型の目が付いたのがしっくりくる。
駆逐レベル E 人間を数人から数十人駆逐できるレベル。