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キャトルくま  作者: よしだとよじ
4/5

④漫才

「え?前村さん、一人で漫才やるんですか。漫談ですか?」

 目の前の泉さんが目を丸くした。それもそうである。前日になって相方が来ないとは考えもつかなかった。

 しかし、人生をかけた漫才コンクールの決勝にも来なかった相方である。ありえなくもないが、二度目はないと思っていた。というより、人として考え付かなかった。


 合同レクレーションは既に始まっており、会場からは演目の演歌が流れていた。

「今日はどうするんですか?止めときますか?」

 泉さんは心配そうに聞いてきた。

「いや、大丈夫です。相方は連れてきました」

 そう言って、カバンからサイドボードの彼を出した。

「くまの人形ですか?」

 泉さんは目が点になっていた。私はもうどうにでもなれと思っていた。しかし、元漫才師として引き下がれなかった。もう二度と舞台を降りれなかった。

「そうです。彼が相方です。あのテーブルを借ります」

 私はそう言って、会場から流れる演歌を背に、花瓶の置いてある台まで行き、花瓶をどかし始めた。泉さんは唖然と私を見ていた。もうまともな同僚には見えなかっただろう。


 大きな拍手で可愛い大学生の落語が終わると、次は私の番であった。袖から会場を眺めると、会場には老人ホームのおじいちゃん、おばあちゃん、その他職員が大ホールにたくさん集まっていた。三十人はいるようであった。

 元漫才師といっても、素人に手が生えた程度で、それも昔のことであり緊張していた。何よりも困ったのが、元漫才師の触れ込みで大トリだったことである。


 振り返ると、泉さんが心配そうに見守っていた。私はくまの乗ったテーブルを片手で押さえて、笑顔で親指を立てると、次の出番の紹介が始まった。

 出番となった。死に行くような気分であった。

「お次は漫才のスベラーズです」

 司会の言葉に拍手が飛んできた。

 私はくまを乗せたテーブルを転がし、ステージである場所に立った。会場はシーンとした。


「スベラーズです〜。ど〜も〜」

 既にスベっていた。

「私洋一と相方のくまです」

「たくさんお集まりいただきありがとうございます」

 ネタの前に客いじりを始めた。既に笑っているお婆ちゃんを探して、手をかざした。

「そこのお婆ちゃん、まだ面白いこと言ってませんから、そんなに笑われたらこの後笑えませんよ」

「あと、後ろの皆さん、無理して立ってなくていいですよ。って、ここの職員の方々でしたね」

 そう言っておでこに手をやり、話を続けた。

「そうなんです。私もここの職員でして」

「『普段は何してるか?』って」

 間を入れ、視線を変えると素早く言った。

「それはお客さんの介護ですよ」

 くまが話しているかのように、耳を傾けて話を続けた。

「しかしね。この歳でくまと漫才とは思いませんでしたね」

「『相方に逃げられ、女性は近づかず』」

「うるさいよ」

「『こう見えるから独身なんです』」

「こう見えてだよ」

「『お金もないんです』って、そういうこと言わないの」

「独身も何ですが、やはり生きている以上は健康が大切ですね」

「皆さんがお元気で何よりです。皆さまから比べたら、私なんか若者ですが、やはり健康診断が大切ですね」

 くまの方に向きネタに入った。

「健康診断といえばカメラですよね」

「皆さんも飲んだことありますよね?」

「『写ルンです』」

「写ルンですは飲まねぇだろ」

「誰がシャッター押すんだよ」

「『胃カメラと大腸内視鏡検査』」

「両方やるのはいいですね」

「『最近では技術も進歩して』といいますと」

「『下から入れて、そのまま上から入れます』って、カメラ変えろよ。汚ねぇだろ」

「さすがに自分のでも嫌だよ」

「『何か詰まってる』って?」

「気になりますね」

「『紙』ってなんだよ。トイレの配管みたいなこと言うなよ」

「大腸ガンとか怖いですからね。よく調べていただかないと」

「『お薬を出します』って?随分早いですね」

「処方箋でなくていいんですか。マツモトキヨシでも売ってる?市販薬ですか?」

「『一日一杯』って、青汁みたいだな」

「『ドメスト』」

「だから、風呂の排水管じゃねぇよ。そんなの飲んだら死ぬだろ」

「『イチゴ味もある』って、そういう問題じゃねぇよ。だいたい味なんかある訳ねぇだろ」

「やっぱ検査といえば、レントゲンですね」

「息吸って、止めてってやりますよね」

「『ハイ、チーズケーキ』って、チーズでいいだろ」

「あと炭酸とバリウムですね。あのゲップ止めるのは辛いですね。しかし、最近は味が付いてるんですよね」

「『いちご味とか』」

「さっきのドメストじゃねぇだろな」

「炭酸を飲んで、バリウムで流し込みゲップを出さないように耐えます」

「『ナポリタン味』」

「気持ち悪いだろ。そんなのないよ!他にないのかよ」

「『コーンスープ味』」

「全部、ガリガリくんじゃねぇか。しかも、ナポリタンは失敗作じゃねぇか」

「『何かが映っている』って?」

「癌とかじゃないですよね?」

「『安心して下さい』」

「『悪い霊とかじゃないですよ』」

「心霊写真かよ!何でレントゲンで霊が映るんだよ。いい加減にしろよ」

「見せてみろ。何だよこの四角い影は?」

「さっきの写ルンですじゃねぇか」

「『あと一枚撮れます』」

「あれから誰がシャッター押したんだよ」

「胃カメラで、何で胃の中にカメラなんだよ」

「まぁ健康にはやっぱり恋ですよね」

「ダイヤモンドと恋は永遠の輝きといいます」

「『お前にはダイヤモンドも恋もないだろ』って、うるさいな。どっちもねぇよ」

「『ダイヤの持ち腐れ』って、ダイヤモンドこそねぇよ」

「ただ、皆さんは健康のためにも恋をしていただくといいです」

「ダイヤは持ち腐れますので、ダイヤは施設の私が預かります」

「責任は施設で、運用は私が行います」

「しかし、一番の健康はお笑いです」

「『笑って誤魔化す』じゃ無いよ」

「笑って過ごすだろ」

「素敵なことです。そして今回漫才で…」

「『不健康』って、そういうこと言うなよ」

「ネタがつまんないみたいじゃねぇか」

「『お題は毒漫才』」

「うるさいよ」

「『すべラッタがお送りしました』」

「スベラーズだよ」

「いい加減にしろ!」

「ありがとうございました!」

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