京都、幕末おにぎり屋
京都の街中に、小さな屋台が出ていた。店をやるのは年の割に背がピシッと伸びてる老人で、赤い提灯には『おにぎり』とだけ描いてある。
提灯にある通り、この屋台で売っているのは『おにぎり』だ。三角形で僅かな具を入れ、醤油を塗って香ばしく焼いた『焼きおにぎり』。具は三種類で、梅とおかかと鮭だ。
注文が入れば、焼きおにぎりとお椀に注いだお茶を出す。お茶でおにぎりを流し込むも良し、おにぎりを浸して茶漬けにするも良しの人気商品だ。
そして夜は少し様子が変わって、お茶の代わりに梅の種とおかかの端と鮭の骨で取った『だし汁』が出て来る。そこにパリパリに焼いた鮭の皮を乗せて湯漬けにするのがまたオツなのだ。
「こりゃうまい!たまるか!」
土佐訛りの侍が、湯漬けをかき込むのを、老人は半ば呆れて見ていた。既に四杯目。そんなに腹が減っているなら、こんな屋台でなくもっと良い店に行けばいいものを。そう思ってしまう。
「……うん?何やってんだ若いの?」
ふと気がつけば、店の脇に若い侍が口を大きく開けて立っていた。この店の常連客である新撰組の若侍である。
「何やってんですか坂本さん」
「おお、沖田くん。何って飯を食っちゅう」
何でもない様に言いきる男に、若侍は頭を抱えた。
「……私は、貴方を見たら斬らなきゃいけないんですけどね」
「オイ!」
『斬る』という単語に、老人が眉を吊り上げた。こんな小さな屋台だが、この店にも一つだけ決まりがある。
それが『人斬りお断り』である。
「解ってますよ米爺さん」
若侍はため息混じりに男の隣に腰を下ろし、湯漬けを注文した。
老人も心得たもので、ほぼ同時におかかの湯漬けが出て来る。
それを見て男が更に湯漬けを注文しようとしたのを、若侍が腕を掴んで止めた。
「勘弁して下さいよ。今日の見廻りには土方さんも出ているんです。見つかったら斬られますよ?」
その時、誰かの走る音と雄叫びが聞こえて来た。
「坂本ーー!!」
「いかんちゃ、見つかった!」
迫る男の鬼の形相を見て、男は慌てて立ち上がる。
「すまん沖田くん立て替えといてくれ!わしゃ逃げるき!」
「ええっ!?」
凄い速さで走り去る男の背中を見て、諦めた様に財布を出す若侍を、老人はクックッと笑いながら見ていた。
因みに後日、払いはちゃんとされたと言う。