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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第三章 高橋 摩唯伽
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33 新しい未来

 菩提樹重工業株式会社。


 僕はここで待ち焦がれていた五年目の春を迎えた。あの時とは世界が少し違っている。何処がどうと具体的に答えられるものでもない。しかし、そう感じていた。そして、その日が近付くに従い、感じ方が顕著になっていく。


 他人の運命を僕たちは変えた。それは誰にも分からないことだ。だからその違いを説明しても意味がない。その日の朝ご飯を食べ過ぎてしまったとか、コーヒーが少し苦かったとか、出掛ける際に鍵を忘れたとか、昼には食堂が満席だったとか、詰まらない違いばかりだった。


「高所作業時は安全帯の着用を確認する、ヨシ!」

「ご安全に!」


 朝と同じく昼礼はあの時と同じように終わった。上司である園田課長はその後すぐに姿を消した。人事部のほうに行ったのだなと僕は承知している。


「もうすぐだ。新入社員が配属先に連れて来られる」


 あの時は怯えた子犬のような目をしていた。髪をハーフアップに束ねているだけで、化粧っ気もない。それからずっと僕は田舎出身の女子高生という印象を持ち続けたのである。


 間もなくそんな女の子が僕の目の前にやってくる。今回はどんな表情をしてくれるのだろうか。僕は楽しみにした。


 現在の業務は航空機部品のフランジを仕上げて、次のロケット開発に取り掛かっている。僕の業務がいつも順調に進んでいるのは、経験済みだからだ。以前の世界では実験を繰り返して苦労して作り上げていた部品が一瞬にして出来上がる。しかし、課員全員が苦労をしているのに、僕だけが奇跡のように一発で仕上げてしまっては不審がられてしまう。ある程度の期間は製品の加工誤差による影響のデータ取りに専念して、手間取っている振りをしていた。


「来た!」


 待ちに待った課長が戻って来た姿を見付けて、僕は思わず声を上げてしまった。


「あぁ、丁度良い。紹介しておこう」


 園田課長は背後に従えていた女性社員たちに視線を向けた。それに応じて僕との面識を得る。


「先程、人事部の教育期間を終えて配属された新入社員だ。明日から二人の面倒を見てやってくれ」


 ハーフアップの髪形をした女の子が一歩前に出た。口元をきりりと引き締めて、精悍な面立ちを作っている。静かに僕の瞳を見詰めて、おもむろに口を開いた。


「東京大学工学部化学システム工学科卒業の高橋摩唯伽です」


 ぱっちりと開いていた瞼を半眼にして、摩唯伽は頭を下げた。肉眼だけではなく、心眼を使って僕に語り掛けてくる。やっとここに辿り着いたと心に告げていた。


 そして、摩唯伽は頭を上げると、もう一人の女の子に視線を向けて挨拶を促す。それに応えて、綺麗な長い髪がさらさらと流れて一礼した。


「同じく東京大学工学部化学システム工学科卒業の、武鎧麗香と申します」


 摩唯伽に助けられた女の子が、ここにいた。はきはきした口調をしている。あの武鎧家の一人娘として育てられた性格なのかなと僕は感じた。山奥とはいえ武家屋敷のように立派な屋敷を思った。そこに見合う教育をされてきたのだろう。


 さて、―――


「今、キミたちの新入社員教育を命じられた佐藤博基です」


 僕と摩唯伽はお互いに視線を合わせて頷き合った。僕たちの約束は果たされたのだ。


「これからも宜しく」

「はい、これからも宜しくお願いします」


 マシニングセンタの稼働音が響く工場で、僕たちの新しい未来が始まった。

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