31 手を取る魂
「謝っているんだ――――僕に」
過去に戻るのは僕を見捨てる行為だと嘆いている。それを神の前で僕に謝罪していた。麗香ちゃんの命を守る大義の為に僕を犠牲にしても許されるのかと問うている。
過去に戻っても、僕の元に帰って来てくれる。摩唯伽はそう約束してくれていた。だから僕はそれを信じて納得していた。それなのに摩唯伽はずっと気にしていたのだ。本当に気に病んでいたのは、あちらの僕に真実を打ち明けられないことではなく、僕のことなのかもしれない。
当たり前だった。摩唯伽は優しい女の子だ。僕を残していくことを苦痛に思っていない筈がない。それを想像しなかった僕は摩唯伽の彼氏として不合格ではないか。
「摩唯伽」
僕は闇の中を飛び出した。摩唯伽を思う気持ちが僕の魂を異次元空間を脱出させた。
「博基?」
やっと気付いてくれた。摩唯伽は驚いた表情をしている。
「何だか、体が透けて見えるよ」
「うーん、魂だけが呼ばれた」
「どうしましょう。私のせいだわ。私が神様にお願いしたから」
「そうかもしれないね。僕は摩唯伽のゼリービーンズが光っているのに導かれた」
「えっ、これ?」
摩唯伽がゼリービーンズを不思議そうに見詰めた。艶々と輝いているが、何の変哲もない食べ物だ。僕はそれを確かめたくて手に取ろうとするが、実体がないので掴めなかった。
「あれれ」
お道化た声を出すと、摩唯伽が笑った。先程までの苦痛な表情は柔らかいぽわんとしたものに変わっていた。それこそが摩唯伽らしい雰囲気だ。
「お化けなんだから、それは無理だわ」
「そうだね」
「でも、私は嬉しい。博基が会いに来てくれて嬉しい」
「摩唯伽が挫けそうになったら、僕はいつだって来てあげる」
抱き締めたい。しかし、それは実体がない僕には不可能なことだった。
「知ってるよ。いつも私を一番大事に思ってくれているわ」
僕は微笑んだ。摩唯伽も頬笑んでいる。それだけで通じ合う。僕たちにはそれだけで十分だった。縁を結ぶ神社の境内で互いを見詰め合っていた。
じゃりっ、じゃりっ―――
参道の玉砂利を踏み歩く音が聞こえた。何者かが急ぎ足で近付いて来る。
「誰か来るね」
僕は魂の姿を見られる訳にはいかなかった。摩唯伽が言ったように幽霊なのだ。無用な騒動を起こしたくはない。
「どうするの?」
「隠れよう」
拝殿の裏に回ってやり過ごすしかない。摩唯伽を誘導して僕たちはそこで息を殺した。
「あれ? あれは佐藤さんだわ」
摩唯伽がこっそりと覗いて、僕に耳打ちした。そして、神社に誰もいないと分かって、慌てて立ち去るあちらの僕は、あの時の僕そのものだった。
僕は唐突に理解した。物部神社からいなくなった摩唯伽を探すあちらの僕。そして、どうして摩唯伽の遺体が拝殿の裏で見付かったのか。
「あの時、僕がすべてやったんだ」
僕は摩唯伽の手を取った。朧げに透けている摩唯伽の体。僕は魂となった摩唯伽の手を引いていた。
「過去に行こう!」
闇のトンネルに入った摩唯伽は自身の体を見た。魂を失くして既に屍になっている。僕は感慨深くその亡骸を見詰めた。




