29 発光
「摩唯伽は辛いよなぁ」
励ましてあげたい。励ましのメッセージを送りたい。僕にはそんなことしか出来ないだろう。しかし、そんなことをしてしまえば、折角の摩唯伽の決意を踏みにじってしまう。今は僕に甘えてはならないのだ。突き放さなければならない。
それは僕にとっても同じだ。摩唯伽と一緒にいたいと甘えている。どうしょうもないほどに求めてしまう。それが自然な気持ちなのだが、それが許されない時がある。それが今の僕と摩唯伽なのだ。
自分を誤魔化す為に僕は酒に手を出していた。真昼間からすることではない。ましてや摩唯伽が大事な時なのに、僕は逃げる選択をしていた。
「分かっているよ。こんなことをしている場合じゃない」
そう言いながらウイスキーをストレートで浴びるように飲んだ。そして、一気にボトルを空けるが一向に酔いが回ってこなかった。
「許しくれよ、摩唯伽」
酔って忘れたいのに、それを許してくれない。あちらの僕は僕であっても、僕自身ではないのだ。僕以外の男と摩唯伽が交際するなど以ての外だ。
新しいボトルの封を開けてグラスに注いだ。飲み込むようにあおっていると、高価な酒が不味くてしょうがない。貪るようにキャビネットから酒瓶を取り出した。
「不味い」
秘蔵のボトルを次々と開けてラッパ飲みをする。本来はそんな飲み方をするものではない。それでは味わうことも出来ないが、決して不味いものではない。
「まるでどぶの水を飲んでいるようだ」
腹を立てて手加減もせずにボトルを壁に向けて投げ付けた。けたたましい音がしてボトルが跳ね返って床に落ちて割れてしまう。しかも石膏ボードの壁に見事なまでの穴が開いていた。
取り返しはつかない。割れたものは元には戻らない。それが僕と摩唯伽だ。もう何もかもが嫌になった。手に触れるものをすべて投げ付ける。壁に向けてだけではない。天井、床、照明器具、テレビ、テーブル、あらゆる方向へ投げまくった。
僕は破壊の限りを尽くした部屋を呆然と見渡す。ざらついた気分で吐きそうになった。
「くそっ!」
情けない。感情が突然沈静化する。僕がこんなことでは摩唯伽を守れないではないか。一番辛いのは摩唯伽なのに、僕は何をしているのだ。
?
部屋の隅で何かが光っている。赤く点滅を繰り返して、僕の視覚を刺激した。
「ゼリービーンズが何故?」
小瓶に保存している摩唯伽のゼリービーンズが光っていた。
「何が?」
そっと手に取って僕は観察した。光る原理が不明だ。すぐさま僕の機械屋としての性質が現れて、発光する理論を探る。
以前にも見ていた気がした。何処かで、それはあの神社だ。照手神社の境内に輝くたくさんのゼリービーンズ。赤、白、青、緑、橙、紫、色とりどりのゼリービーンズが拝殿前の地面で輝いていた。
「摩唯伽のゼリービーンズ」
点滅を繰り返していた赤い光が僕の言葉で強烈に輝き出した。それは目が眩むほどに照度を増していく。そして、次第に集結して幾条かの光の束になった。
「何が起きた?」
不規則に渦巻き高速で飛び交う。例えるなら光の竜なのだろうか。互いに絡み合いぶつかり合い僕の周りでとぐろを巻く。
「ぐあっ!」
突然だった。光の竜が僕の体を突き抜ける。それは一つだけではない。幾つも続けざまに腹から背中、首や脚を貫通する。
僕は死ぬのか。




