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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第三章 高橋 摩唯伽
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28 バレンタインデー

 二月十四日は意外と早く巡ってきた。十二年前に手に入れた摩唯伽のゼリービーンズはたったの一粒だけ。僕はそれを宝物にしてずっと持っている。小さなガラス瓶に入れて劣化しないように樹脂で固めていた。そのお陰であの時と同じように赤く艶々と輝いている。


 残念なのは摩唯伽から直に貰えなかったことだ。照手神社に散らばっていた赤、白、青、緑、橙、紫とたくさんのゼリービーンズの中の一つだろう。僕は刑事の聴取を受けている最中にこれを奪い取っていた。行方不明になっていた摩唯伽を探し回って、その挙句の果てに白い布を被せられて担架で運び出されるのを見たからだった。この時を逃せば二度と再び会えないと思った。


 あの日と同じバレンタインデーの二月十四日、僕の東京のタワーマンションの部屋で一人夜明けを迎えた。人工の光の瞬きが朝日に照らされて消えていく。窓からの眺望はいつもと変わらない見慣れた景色なのに、今の僕にはとても貴重で目に焼き付けておかなければならないと思えた。


「僕の過去はもうすぐ終わる」


 やっと僕は未来の時間に生きていくことが出来るのだ。しかし、摩唯伽のことを思うと悲しくなる。まだ彼女には未来はやって来ない。再び自ら過去に戻ろうとしているからだ。


 十二年前の十一時に僕たちは待ち合わせをしていた。約束の時刻丁度に女子寮から出て来た摩唯伽の姿を今も忘れられない。白のカシミヤセーターと淡い緑のロングスカート。職場とは違う化粧。いつもとは違う大人びた印象に驚かされた。


「もうすぐ摩唯伽とはお別れだね」


 摩唯伽が過去に戻った時、この世界がどう変わるのかなんて僕には分からない。彼女がいなくなった時間が過ぎて行くのか、はたまた瞬時に彼女が変えた世界に変わってしまうのか。考えても分からないものは分からない。しかし、それももうすぐ分かる。僕はその時をゆっくりと待った。


 今頃はあちらの僕は何をしているのだろうかと想像をする。あの時の僕と同じなのだろうか。それとも摩唯伽に真実を知らされて悩んでいるのだろうか。どちらにしても僕に知らされているのは、摩唯伽からのラインメッセージで二人がデートをすることだけだった。


 真実を知らされて僕ならどうするだろうか。勿論俄かには信じられない。冗談だと受け止めて何食わぬ顔している筈だ。


 十一時前になって摩唯伽からメッセージが届いた。間もなくデートの時刻なのにと、僕は心配をしてしまう。


《私、駄目でした。佐藤さんには打ち明けられませんでした。意気地なしです》


 僕はそれを読んで安心した。摩唯伽は直前まで悩んでくれていたのだ。そんないじらしさが堪らなく好きになる。そのほうが良い。この時の僕はまだ知らないことだ。知らないほうが良いことだってある。


《それでいいよ。摩唯伽は意気地なしじゃない。そちらの僕のことを思ってくれたからだろう》


 摩唯伽から変なスタンプが返ってきた。笑っているスタンプだった。心が揺れ動いている。僕にはそんな摩唯伽の気持ちが分かる気がした。


《行ってきます》


 遂に決意のメッセージが届いた。僕は摩唯伽に力強く進んで欲しいと願う。麗香ちゃんを助けると決めたのだから絶対に諦めてはいけない。


「辛いなぁ」


 僕は呟いた。太陽が眩しく輝いている。この東京の空から僕は摩唯伽を見送った。

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