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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第三章 高橋 摩唯伽
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26 罪悪感

『同じ部屋には居られないからって出て行ってしまったの』

「話したのかい? この旅行の本当の部屋割りがどう決められていたのか」

『ううん。山藤さんに部屋を代わって欲しいって頼まれたった言ったら、佐藤さんはいきなり出て行ったの。あの佐藤さんは博基さんとは何となく違うんです。ちょっとした雰囲気が違って感じるの』


 摩唯伽が狼狽える事態になっている理由は、僕には何故だか分かっている。あちらの僕がこの僕と違っているからではない。摩唯伽が違っているからだ。あの時と同じように摩唯伽が振舞っていても、人生経験の差が出てしまう。無邪気な女の子と静粛な女性とでは対応に違いが生じるのは当然だろう。


「彼は絶対に摩唯伽を嫌わないよ。僕が言うのだから間違いない。むしろ摩唯伽を大事にしたいと思ったから出て行ったんだ」

『本当に?』

「当り前だ。僕は佐藤博基だよ。今、摩唯伽の傍にいる彼である佐藤博基なんだよ」

『うん』

「今夜はもうゆっくり休みなさい。そして、明日になったら彼にありがとうって言ってあげるだけでいいよ。そうしたらきっと彼は摩唯伽をもっと好きになるから」

『うん』


 甘える声が僕には辛く聞こえる。僕ではないあちらの僕に摩唯伽を愛させなければならないのは辛過ぎる。でも、それは僕が摩唯伽と一緒にやっていこうと誓ったことだ。それが摩唯伽の思いなのだから、僕はやり遂げるしかない。


 年が明けて、摩唯伽の新入社員教育期間は終了していた。新年の業務開始から一か月間、あちらの僕は摩唯伽を失って苦しむことになる。同僚の松本に奪われたと勘違いするのだった。


 この期間はあちらの僕には悪いが、僕にとっては安らぎの時となった。摩唯伽との関係に進展がないから東京で毎日のんびりと酒でも飲んで過ごしていた。


「来ちゃった」


 一月の最後の木曜日、タワーマンションに帰ると、思いも寄らない人物が部屋にいた。当然玄関のドアを開けた時、中に誰かがいると知った僕の驚愕はとんでもなかった。


「摩唯伽、どうしてここに!」


 平日の夜にいる筈がない。


「明日は有給休暇を取っているの。そんなことよりも博基さん」


 リビングルームの大きな窓ガラスに背中を寄り掛けて話し始める。摩唯伽の表情が硬い。こういう時はいつも悩みがあるのだ。そうでなければわざわざ東京まではやって来ない。


「私、もう出来ない。嘘をついたまま佐藤さんと付き合えない」

「どうして? あと半月じゃないか」

「うん。だけど・・・ 佐藤さんは優しいの」


 罪悪感に苛まれるのは初めから分かっている。あちらの僕を利用して過去に戻ろうとしているから摩唯伽の悩みは尽きることがない。いっそのこと愛してしまえば気が楽になるだろうが、僕との板挟みになってしまう。器用に気持ちを切り替えられるならこんな苦労はしなくて済むのだが、摩唯伽にそんなことが出来るわけがない。


「もっと違う方法はないのかな。あの時、博基さんは物部神社で人形浄瑠璃を見ていて、照手神社にはいなかった。あそこにいたのは私だけで、あそこから過去に戻るのは間違いないのよ。それならあの日のあの時刻にあそこに行くだけでいいんじゃないの」

「僕も遅れて照手神社に行ったんだ。僕が行った時、あそこには大勢の人がいたんだけど、過去に戻ったのは僕だけだった」

「どうして? それなら他の方法なんて分からないわ。偶然だったらこんなことをしても無意味よ」


 ヒステリックになっている。その気持ちも分からないではない。それに加えて僕は摩唯伽の死を隠したままなのだ。

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