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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第三章 高橋 摩唯伽
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25 海水浴の旅行

 やがて梅雨入りを迎えた。摩唯伽の歓迎会が開かれる。


 この席であちらの僕は摩唯伽が他の女の子とは違うことを自覚する。そして、製造業という業界を変革してもらいたい。男性よりもむしろ女性のほうが、モノづくりには適しているのだと証明してもらいたい。技術職の女性のパイオニアになってもらいたい。そう切望する。


 そこら辺の男性社員よりも優秀で、機械の理解度や取り組み方、責任感とが抜きん出ている。そして、男では絶対に出来ないことが摩唯伽にはできる。それは女性らしい仕事だ。熱心で丁寧な仕事振りと、柔和な言葉使いと可愛い接客は、この業界には今まで無かったことだ。


 摩唯伽には自信を持って欲しいから、僕はこのことを打ち明けた。あの時は摩唯伽が僕の思いを知らずにいたのだが、敢えて知っておいてもらいたかった。


 それには訳がある。


 僕の次の感情の変化が重要なのだ。僕のそんな期待に反して、摩唯伽には自信をなくす発言をしてもらわなければならない。僕の役に立てないからと会社を辞める。そう告白されなければならない。


 多大な期待をしてしまうことを反省して、僕は教育者として新人だったと自覚する。そうして摩唯伽と手を取り合って一つになれたと実感して、僕たちは夏本番を迎えるのだ。


《それでは行ってきます》


 そうメッセージを残して、摩唯伽は敦賀半島へ海水浴の旅行に出掛けて行った。この日の宿泊には摩唯伽の罠が待ち受けている。僕はあちらの僕がどう行動するのか気が気でない。罠に掛かって、一歩間違えれば一線を越えてしまう。そんな危うい日になるのだった。


 今頃は部屋に入っている頃だなぁ。僕は時計を見ながら東京のタワーマンションの自宅で苛立っていた。酔い潰れた摩唯伽と若い僕が民宿の一つの部屋にいるのだ。僕は一緒に風呂に入ろうと誘う。摩唯伽が同じ部屋になるように仕込んだのだから、僕は単に逆襲をして戸惑わせただけだが、実際にはそんなことをするつもりはない。


 でも、もしも―――


 確実だとは言い切れない。もう一歩のところを踏み出せないでいる僕たち二人には、これを切っ掛けにするには十分なシチュエーションだった。


 もしもそういうことになれば、僕たちはどうなってしまうのだろうか。摩唯伽があちらの僕を愛してしまう。そして、もう過去に戻らないと考え直すかもしれない。


 それは僕の望みではなかったのか。ただその相手が僕自身でないことが残念だ。あちらの僕に託すしかない。摩唯伽の幸せを願うなら、僕はそうするべきなのだ。


 ラインの通知音がした。否、着信音だった。摩唯伽がいつものようにメッセージではなく、電話をしてきたのだ。


「もしもし、どうしたの?」

『私―――』


 電話の向こうで泣いている摩唯伽の声がした。


「落ち着いて、大丈夫だ」

『私、もう過去に戻れない』


 僕の願いが叶ったのか。つい先ほど考えていたことを摩唯伽が言ってきたのだ。しかし、何かが奇異に感じる。戻らないではなく、戻れないと言っている。自分の意志で戻らないのではなく、戻れないのは何かの事態が発生しているのかもしれない。


「何かあったのかい」

『佐藤さんに嫌われてしまったの』


 震える泣き声が僕の耳元で弱々しく響く。

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