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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第三章 高橋 摩唯伽
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23 覚えてる?

 ダイニングの食卓に料理が並んでいる。それを見て僕は涙が出そうになった。想い出は何ひとつとして失われていないのだと実感した。


 マッシュポテトのサラダ

 胡瓜の酢の物

 きんぴら

 大根の煮物

 冷奴

 白身魚のたたき

 鶏もも肉の唐揚げ

 サバの味噌煮


「このメニューは―――」

「ハイボールを飲みますか?」

「いいや、いいものがある」


 僕は摩唯伽が飲み終えたコーヒーカップが置かれている間仕切り台の戸棚を開けた。中には様々な酒瓶が並んでいる。その一番奥にある緑色の酒瓶を取り出した。


「あっ、それは」


 摩唯伽が見覚えのあるラベルに驚いている。この戦国武将の名の銘柄は、僕がまたいつか摩唯伽と一緒に飲みたいと思って買っていたものだ。


「覚えてる?」

「勿論です。あの隠れ家のお店の料理には遠く及びませんが、一生懸命作りました」

「どれも美味しそうだ。早速頂くよ」

「〆にはお雑炊がありますよ」

「完璧じゃないか、摩唯伽」

「博基さんに喜んでもらえて、私も嬉しいです」


 グラスに日本酒をなみなみと注いで乾杯をした。


「摩唯伽に乾杯!」

「博基さんに乾杯!」


 カチンとグラスを合わせた。何もかもの時間が戻っている。あの頃の僕が行き付けにしていた隠れ家的な定食屋にいる。そんな気分に包まれていた。


「あの店で博基さんは私がお父さんのことを何故過去形で話すのかって訊いたでしょう。あの時、実の両親は亡くなっていたんですよね。実の父をお父さんと呼んで、養父を父と呼んで区別してました。だから博基さんには混乱させたけど、よく私のことを見ててくれてるんだって嬉しくなった」


 アジは無かったので、代わりに白身魚を使ってたたきにした。摩唯伽はそれを箸で突きながら思い出している。あの時、僕は摩唯伽の手料理を食べたいと言った。今それが現実になっている。


「今では両親とも元気なんですよね。それがとても不思議です」


 僕たちは想い出を何でも語り合った。バレンタインデーにデートをすること。ゼリービーンズを作って来てくれること。


 でも、一つだけ言えないことがある。照手神社で摩唯伽は死んでしまう。体を残して、心だけが過去に行ってしまうのだろう。僕とは違う戻り方だが、そうならなければ両親を救えなかっただろう。結果として、それが正解だったのだ。


 摩唯伽が大学を卒業すれば、名古屋に行ってしまう。そして、そこに僕が共に行く訳にはいかない。菩提重工で働くあちらの僕は、僕であって僕ではないのだ。精神的に耐えられないだろう。だから行くべきではないのだ。この東京で大人しくしているほかないのだ。


 だから―――

 だから、新しい想い出を摩唯伽と作りたい。それを頼りにして、僕は一生を過ごそうと誓う。


「今夜は、泊っていってくれ」


 僕は一大決心をして伝えた。


 突如、摩唯伽は一筋の涙を流した。それが摩唯伽の返事だった。

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