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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第三章 高橋 摩唯伽
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22 フレンチプレス

 摩唯伽が食材を対面式のシンクに取り出して、調味料を吟味している。僕はその間にダイニングの食卓にフレンチプレスの器具を出して準備に取り掛かった。


 二人分のコーヒー豆をミルに投入する。手回し式なので豆を挽く音が楽しめる。あぁ、これからコーヒーを飲むんだという雰囲気で落ち着いてくる。ゆっくりと豆に摩擦熱を発生させない速度でミルを回す。中挽きの粗めの粉が均一にガラス容器に溜まっていった。


 フレンチプレス器具の蓋を外して金属フィルターと共に抜き取る。少量の湯を入れて、すぐに捨て去る。こうしてガラスポットを温める手間を惜しまない。


 さて、温まったガラスポットにコーヒー粉を入れて、半分の量の湯を勢いよく注いだ。こうすることで粉が躍って全体的に上手く混ぜ合わさるのだ。暫く待っていると、コーヒー粉から泡が出て来る。挽き立てだからこその現象だ。これが収まると二人分の量になるように静かに湯を足して、金属フィルターを上げた状態で蓋をする。


 四分間。コーヒーの成分が抽出されるこの時間は意外と長い。僕はその間、摩唯伽に見惚れていた。


「出来たよ」


 コーヒーカップに注いで、対面式シンクの前の間仕切り台に置いた。


「ありがとう。初めてだね、博基さんのコーヒーを飲むなんて」


 野菜を切っているのを中断して、カップに手を伸ばした。コーヒーは淹れ方で全く違うものになる。さて、摩唯伽はどんな顔をして飲んでくれるだろうか。僕はじっくりとその時を待った。


「うぅっ!」


 摩唯伽は一口飲んで、唇をまだカップに付けたまま唸った。暫く動きを止めて、カップの中のコーヒーを見詰めている。


「これって何? コーヒーなの」


 僕は大きく頷いてみせる。


「コクが全然違うし、とても甘いわ」


 驚いた表情が懐かしい。くるくると大きな目を回して、フレンチプレスを観察した。


「えーっ、私が持って来たコーヒー豆を使ったんですか」


 見覚えのある赤い袋がダイニングの食卓に乗っている。


「同じコーヒー豆なのに、こんなに違うなんて凄い。こんなの飲んじゃうと、もうコーヒーメーカーには戻れないじゃないですか」

「そうかもしれないね」

「あれって高かったんですよ。どうしてくれるんですか」


 摩唯伽は口を尖らせた。


「それなら毎日飲みにくればいい」


 僕がそう言った途端にそっぽを向いた。摩唯伽の恥ずかしがる姿はとても魅力的だ。もじもじして目を合わせられなくなると、ふんわりとして柔らかい印象を漂わす。


「いいんですか、そんなことを言っても」

「摩唯伽なら大歓迎だよ。いつでもおいで」

「うん」


 しかし、僕たちはそうしてはいけないことを知っている。そんなことをしては決意が揺らぎかねない。僕たちは武鎧麗香を救わなければならないのだ。


「あの、夕飯を作るのに時間が掛かりそうです。テレビでも見ててください」


 慣れないキッチンなのだから当然だ。急がせては申し訳ないので言われる通りに従うことにした。リビングルームに行ってテレビをつけると、二〇一八年のニュース番組が放送されている。僕たちにとってはいつもテレビは再放送番組ばかりだ。速報のニュースでさえも過去のことでしかない。


 トランプ大統領と金正恩朝鮮労働党委員長がシンガポールで米朝首脳会談をするとか言っている。最大の焦点だった北朝鮮の非核化問題はその後も何も解決しないし、ミサイル発射実験は相変わらずだ。時事問題をおさらいして次に起こる未来のことを整理した。


「お待たせしました。食事の用意が出来ました」


 摩唯伽が呼びに来てくれた。僕は壁時計を確認すると、かなりの時間が経っている。手の込んだ料理をしてくれたのだと申し訳なく思った。

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