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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第三章 高橋 摩唯伽
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20 僕の部屋へ

「コーヒーでいいよね」


 水を入れたコーヒーメーカーのタンクをセットしながら訊かれた。もはや良いも悪いも選択肢はない。スイッチを押すと、ミルがガリガリと音を立て始めた。


「いい香りだ。さては高い豆を淹れてくれるのかな」

「いえいえ、ネット通販の安いやつ。質より量みたいな」

「ふーん」


 コーヒー豆が入った赤い袋にキリマンジャロの文字があった。強い酸味とほろ苦さの中に爽やかな甘みを感じる品種だ。勿論ストレートで味わったほうが良い。僕や摩唯伽ちゃんの嗜好に合っていた。


「美味いね。コーヒーメーカーなのに豆を挽く粗さや湯の温度がちょうど良い。さすがはきららちゃんだ。マシンの扱いが上手だね」

「佐藤さんが淹れたコーヒーはどうなんですか。勿論美味しいですよね」

「さぁ、どうかな。僕のコーヒーはきららちゃんのとは全然違うよ」

「えーっ、飲みたい」


 摩唯伽ちゃんが僕の脇腹を突っついてくる。皮膚が薄いその部分は触られるとくすぐったいものだ。僕は思いも掛けず変なリアクションをしてしまう。


「飲みたい、飲みたい」


 子供っぽく無邪気に何度も何度も繰返して突っついてくる。僕は悪戯好きな中学生の摩唯伽ちゃんを思い出していた。その頃が一番親しくしていられた時期だったのかもしれない。


「止めなさいって、摩唯伽ちゃん」


 僕はアッという表情をしてしまう。僕にとって呼び方の違いはそれぞれに思っている対称が違う。詰まりきららちゃんは彼女である武鎧摩唯伽であり、摩唯伽ちゃんは幼い高橋摩唯伽なのだ。


「いいですよ、摩唯伽ちゃんって呼んでもらっても」


 自分を呼ばれていないと気付いている。口ではきららちゃんと呼んでいながら、僕はずっと心の中で摩唯伽ちゃんと呼んでいた。どちらにいて欲しいのだろうか。新入社員だった彼女なのか、小学生に戻って共に過ごした女の子なのか。どちらも同じ彼女なのに、僕にとっては全然違うのだ。


「でも、摩唯伽と呼んでくれるほうがもっといい」


 僕の心の中を見抜かれている。どちらも選べない僕に新しい彼女を作り出して欲しいのだろうと察した。もう一度過去に戻ると決断した女の子を摩唯伽として呼んで欲しい。そう言っている気がした。


「うん、―――」


 僕はコーヒーを飲み干す。


「うん、僕の部屋に行こう」


 卑怯にも僕は返事を先延ばしにする。優柔不断だ。


「いいわねぇ。それじゃあ、飲み比べといきますかぁ」


 名前の呼び方の話題を突然変えても不自然に捉えていない。それが見抜かれているという確証だ。だから僕も気付かない振りをした。


 学生アパートの近くの幹線道路に出てタクシーを拾った。


「ここ?」

「そう。ここの三十階」


 タワーマンションを見上げて目を剝いている。岐阜にいた時の僕と比較している視線を感じた。

「未来を知っているって凄いね。私は失敗してごめんね」


 やり直す羽目になったから謝っている。武鎧麗香の命を救うと誓ったのだから気持ちを強く持って欲しい。


「気にすることはない。先ずは僕が淹れるコーヒーを飲んで落ち着こう」


 一階の防災センターの横を通ってマンション内に入る。顔認証のセキュリティがあるので登録がなければ入れない。


「防犯カメラが多いね。私たちを監視されてるの?」

「ははっ。一度僕とここを通って防災センターに登録しておけば、次からは一人でも入れるよ」

「私が住んでるところと随分違うのね。あそこは入居者に付いて行けば、ドアが開いてる隙に誰でも入れてしまうよ」


 学生向けなのだからセキュリティの甘さはある。完璧を望もうとすれば家賃次第だろう。エレベーターで三十階に上がる。ここでも防犯カメラが狙っている。ずっと見張られているからなのか、少し落ち着かない気分を漂わせている。

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