8 コンビニ
名神高速道路から北へ向かう道に進路を変えて、揖斐川を越えた辺りで彼女はシートに座る姿勢を正した。彼方の東の空を見詰めている。彼女の言うローカル線はその空の下にある。電車に乗っている気分を思い描いているのだろうか。ガタゴト揺れる電車は町を抜け、川が流れる谷間の山奥へと入って行く。思い出が詰まった場所に、彼女はいるのだなと僕は想像していた。
揖斐川に沿って車を走らせる途中、山に入る前にコンビニに立ち寄った。予定通りの買い出しをする為と、広い駐車場なので少し休憩もしたかった。
「ここが最後のコンビニだから、買い忘れをしないようにね」
腰を伸ばして人心地できた。軽い腰痛持ちの僕にとっては社用車のシートは曲者だ。多分シートの位置と背もたれの角度が悪いのだろう。出発前に合わせたつもりが、いつも合っていたためしがなかった。
「大丈夫ですか?」
彼女が横から僕の顔を覗き込んで心配している。そんなに辛い表情をしていたのか。
「何が?」
「運転を変わりましょうか」
「大丈夫だよ。それにここからは山道だからね」
「あら、ここは私の庭みたいなものですから慣れてますよ」
「うーん。まぁ、いいか。ほぼ国道だし、実験センターに折れる私道まで頼もうか」
深く考えずに僕は運転を交代してもらうことにして、鍵を渡した。
コンビニに入って弁当を物色した。何とそこには僕の好物のものがある。いまだかつて一度もここで出会ったことがない商品だった。
「また味噌カツですか。好きなんですね」
背後から彼女の大きな声がした。先程まで雑誌を眺めていたのにいつの間に近付いていたのだろう。しかも買い物籠にはすでに幾つかの商品を入れて携えている。僕が悠長に物色している間に、彼女の行動は意外と素早かった。しかし、その中身を見て僕は驚く。
「きららちゃんだって、また唐揚げ弁当じゃないか。太るぞ!」
あっと、彼女は声を上げた。その表情を見て、僕ははっと気付く。
「セクハラだぁ」
女性社員に使う言葉ではなかった。潔く非を認めて頭を下げた。
「だったら責任取って、これを奢ってくださいね」
有無を言わさずにトコトコとレジに行ってしまった。車の中で話していた声のトーンではなくなっている。元気に笑いながらお道化た表情をしていた。
「きららちゃん、ペットボトルのお茶か水をもっと取っておいで。それ一本では足りなくなるよ」
実験センターでも食堂の自動販売機で手に入るが、そこしかないので売り切れてしまっている経験を何度もした。だから、僕は大きなペットボトルのお茶を買って行くことにしている。
はーいと言って彼女が取って来たのは、コーヒーと乳性飲料だった。どこまでもマイペースな彼女だ。しかし、それが良いと思う。出会ってまだ僅かしか経っていないが、それが彼女らしさだと思える。
支払いをしている間、彼女は先に店を出て社用車のシートの位置合わせをしていた。てきぱきと行動をする彼女は、僕を見ると車から降りて礼を述べた。昼食の時と同じで、何度も頭を下げてくれた。
「これでセクハラ発言はなしってことで」
「いいですよ。私の恐喝もなしってことで」
豪快に笑う彼女は魅力的だ。勿論、僕は奢ってあげただけで恐喝はされていない。
「じゃあ、行こうか。念の為にカーナビをセットしておこう」
「はい」
山間の国道は二車線で、途中から一車線になる。舗装はされているので、日中に走るには女の子でも問題ないだろうと僕は判断した。
「それじゃあ、行きますね」
深呼吸をして、彼女は車を発進させた。静かにコンビニの駐車場を出ると、彼女はカーナビを確認した。進行方向はあっている。対向車も後続車もいない。僕は上々の出だしに胸を撫で下ろした。
「それじゃあ、行きますね」