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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第三章 高橋 摩唯伽
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16 摩唯伽の後悔

「えっ?」


 二十歳の摩唯伽ちゃんと比べれば、僕は十六歳年上だ。二〇二〇年から二〇〇八年に飛ばされて、元々摩唯伽ちゃんとは四歳上だった。だから十六年経つと言っているのだろうか。


「戻されたのは、佐藤さんは十二年過去で、私は十六年過去です」


 僕は全身が凍り付いた。僕よりも摩唯伽ちゃんは四年も前に飛ばされていたというのか。僕と出会ったのは小学四年生の摩唯伽ちゃんだった。それでは幼稚園児ではないか。そんな小さな体に、二十三歳の大人の摩唯伽ちゃんがいなければならなくなる。僕にはそれがどんな思いをするのか想像も出来ない。


「だから、今は私と佐藤さんは同い年ですね」


 さらりと言ってのける摩唯伽ちゃん。地獄の思いをしたのは摩唯伽ちゃんのほうだったのだ。それなのに僕は男として情けない。人は時に子供の頃に戻って人生をやり直したいと願望を持つ。しかし、それは現実化することがない。だからこそ憧れる望みだ。


 摩唯伽ちゃんには、それが現実となった。望みもしない具現化だったに違いない。実際に小さな子供になれるものだろうか。大人の心理で子供を演じなければならない。摩唯伽ちゃんは両親に育てられながら、子供になった自分を演じ続ける。


 そんなことが果たして可能なのだろうか。しかし、僕は小学四年生から中学校を卒業するまでの摩唯伽ちゃんをずっと見ていた。どこにも不自然さはなくて、いつも可愛い摩唯伽ちゃんがいてくれた。


「気付いてあげられなくてごめん。僕はそんなきららちゃんに救われてきたんだね」


 僕の傍にいつもいてくれたから、摩唯伽ちゃんがいつも頑張ってくれていたから、僕は平気でいられた。今になって分かった。幼い女の子が中年の男に親しくしてくれる筈がない。摩唯伽ちゃんだから僕に尽くしてくれていたんだ。


「いいえ、それは私です。佐藤さんは私の未来を変えてくれた。両親が生きている幸せな未来です。でも、私は佐藤さんみたいに出来なかった。変えてはいけないんだと思い込んでいた。だから―――」


 摩唯伽ちゃんは両手で顔を覆った。その指の隙間から涙が溢れ出る。


「何があったんだい。僕が力になるよ」


 無限の時を待つ気がした。摩唯伽ちゃんが落ち着くまで永遠の時が流れた。


「私はまたあの時の佐藤さんに会いたかったんです。菩提重工で一緒に働く未来に行きたかった。だから、未来を変えるなんて考えられなかった」


 両手を握り締めて摩唯伽ちゃんは辛そうに話している。


「私は知っていたのに麗香ちゃんを見殺しにしてしまったの」


 摩唯伽ちゃんの秘密。それはあまりにも衝撃的な告白だった。麗香とは武鎧家の一人娘の武鎧麗香のことだ。成り行きで葬儀に参加しただけなのに、摩唯伽ちゃんが大泣きをして僕を戸惑わせていた。その武鎧麗香を見殺しにしたとは、いったいどういうことなのか。


「本当の私は高橋摩唯伽ではなく、武鎧摩唯伽になっていた。それは武鎧家の養女になったから。私の両親が亡くなって、麗香ちゃんを亡くした武鎧の両親が代わりに育ててくれた。だから知っていたの、いつ麗香ちゃんが死んだのかを」

「だから助けられたんじゃないかと悔やんでいるのかい」

「うん」


 それはそうかもしれない。交通事故だったと聞いている。いつ何処でだったのかを知っていれば、麗香をそこに行かすことを止められたかもしれない。


「私にはそれが出来た。でも、私は佐藤さんとの未来を優先させてしまった」


 摩唯伽ちゃんが後ずさる。明らかに自分が穢れた身であることを恥じている仕草だ。


「止めに行けば良かったのに、私は未来を変えてしまうのが怖かった。そんなことをすれば未来の佐藤さんに会えなくなるかもしれない。怖くて怖くて何も出来ないまま、私は麗香ちゃんを殺してしまったんだ」


 居た堪れなくなった。そんな思いをしている摩唯伽ちゃんを少しも考えなかった。少しでも推理していれば分かるではないか。武鎧麗香の葬儀で悲しむ摩唯伽ちゃんが、武鎧家の摩唯伽ちゃんであると。

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