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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第三章 高橋 摩唯伽
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15 摩唯伽

 新鮮な素材で期待以上に寿司は旨かった。皿一杯の穴子一本握りは見た目だけではなく、ふっくらとした身と濃厚で甘いタレが絶品だった。それに卵焼き。これも出汁の香りが口の中で広がって玉子との味わいが絶妙に合っていた。


「美味しいなぁ」


 ハイボールがこんなにも旨いなんて信じられない。僕は思わず二杯目を注文していた。摩唯伽ちゃんにとっても日本酒が止められないらしい。酔いが回って赤い顔をしながらほころんだ表情をしている。


「そうか。河原で摩唯伽ちゃんが言ったんだ。酒屋で買って来るのは、ハイボールのほうが良かったかなって」


 突然僕は思い出してしまった。彼女の葬式をしているのだと勘違いして、気分が悪くなって倒れ掛けていた過去があった。摩唯伽ちゃんが自動販売機を探してお茶を買って来てくれたのだった。


 !


 余計なことを言ってしまった。思い出させてはいけないことを思い出させたのだ。折角ほころんでいた摩唯伽ちゃんの表情が一変している。閉まる電車の扉越しに見た悲しい表情になっていく。


 何という失態だ。僕は自分の口の軽さを呪った。何と声を掛ければ良いのか分からない。どう釈明すれば許してもらえるのか分からない。僕は最低なことに言葉を失った。


「佐藤さんはずっとそうだったんです。私もそうしていれば良かった」


 そう言って、摩唯伽ちゃんは泣き出した。しかし、僕には意味が分からないので、次の言葉が出ないままだった。何がずっとなのだろうか。そう言われるのは三回目だ。


「佐藤さんは私が東大に編入したのを変だって思わないの? 高専の機械工学科に行ったのに、化学を専攻するなんて有り得ないとは思わないの?」


 潤んだ赤い目で僕を見詰める。ドキリとするほどに僕は魅入られてしまう。


「変だとは思ったりもしたけど、それが摩唯伽ちゃんなんだって思うことにした」


 変な鼻歌を歌ったり、プリンを一緒に食べたがったり、そして何よりもおじさんの僕にこんなにも親しくしてくれている。変だと思わない筈がない。


「キミはきららちゃん?」


 僕は最も恐れていたことを口にしてしまった。そうかもしれないといつも感じていた。しかし、もしもそれが否定された時、僕は本当に絶望してしまうと思っていたからだ。だから絶対に訊けなかった。それなのにとうとう堪え切れずに、口が滑ったとしか思えない。


 一瞬の沈黙。僕の後悔と、摩唯伽ちゃんの驚愕が交錯する。


「そうです。私は、武鎧摩唯伽です。佐藤さんに新入社員教育をしてもらっていた武鎧摩唯伽は、私なんです」


 言い終わって摩唯伽ちゃんは口を真一文字に結んだ。視線を落とし、身を固くしている。


「やっと・・・」


 僕は視界を失った。自分が泣いているせいだと気付くまで時間が必要だった。


「やっと見付けた」


 席を立って、僕の摩唯伽ちゃんの隣に座った。手を取って愛おしく包み込む。


「僕は一人きりじゃなかったんだ。僕は体ごと過去に飛ばされて、きららちゃんは心だけが飛ばされたんだね」


 過去に戻された違いがあるが、こんなに嬉しいことはない。摩唯伽ちゃんがいてくれて良かった。嬉しくて抱き締めたくなる。しかし、それは我慢しよう。何といっても今は僕が十六歳も年上なのだ。


 戸惑った表情をしている。摩唯伽ちゃんに僕の喜びが伝わらないのだろうか。この世界に孤独でいる寂しさは地獄だったというに。


「私は、・・・」


 摩唯伽ちゃんは躊躇いで言葉を切った。辛い表情に変わったから僕には分かった。


「いいよ、ちゃんと話して欲しい。僕はきららちゃんと心が通じ合いたい」


 落としていた視線を上げて、摩唯伽ちゃんは僕を真正面から見詰めた。


「私は、十六年経つんです」

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