14 日本酒とハイボール
「ご両親に顔を見せてあげれば?」
「今日中に東京に帰るつもりです」
「夕方からでも十分帰れるよ」
「では、ここでお別れしましょう」
「どうしてそうなるの。何を慌てているんだい」
「何も。私は用事を済ませたからだけです」
まるで喧嘩をしているみたいだ。駅に着くと電車が待っていた。大垣行の発車五分前だった。
「本当にこのまま帰るの?」
「じゃあ、大垣でお昼にしましょうか。遅いお昼ですけどね」
来る時にホットサンドを遅い朝の時間に食べている。だからそれほど空腹ではなかった。
「そういうことを言っているんじゃないんだけどね」
「そんなの分かってますよ。私だって馬鹿じゃありません」
勝手に摩唯伽ちゃんに付いて来たのだから文句なんて言えない。社長に会うつもりだったのが、肩透かしを食らっただけだ。しかし、摩唯伽ちゃんの様子が変わってきているのが気になる。急いでここを離れようとしている焦りがあった。
大垣駅に着くと、何を食べるか僕は迷った。摩唯伽ちゃんは簡単にファストフード店を選ぼうとしていたが、僕は強く首を横に振って拒絶した。
「どうしてお寿司屋さんなんですか?」
「日本酒が一番合うでしょう」
個室に入って僕は摩唯伽ちゃんと二人きりになった。
「女子大生を酔わせて、どうする気ですか」
「どうもしないよ。ただ摩唯伽ちゃんに少しだけ本音を言って貰おうと思ってね」
「そういうことですか。それなら―――」急に摩唯伽ちゃんは店員を呼んで「ハイボールをください」と、指を一本立てて注文した。
「佐藤さんはそっちのほうがいいでしょ」
何故僕がハイボールはだと知っているのだろう。そういえば社長の実家で正月にオコナイさんのお祀りを手伝いに行った。その時に僕はハイボール缶を秘かに買って飲んだことがあった。摩唯伽ちゃんはそれを見て覚えてくれていたのだろう。
「よく覚えていたね」
「だから、佐藤さんはずっとそうだったって言ったじゃないですか」
「ん?」
墓地でも同じ台詞を言われた気がした。しかし、意味が分からない。
贅沢握り寿司とハイボール、それに純米大吟醸の冷酒が来た。赤だしと茶碗蒸しもセットだが、それは後から来るのだろう。
「それじゃあ、乾杯」
摩唯伽ちゃんの猪口に冷酒を注いで、僕のハイボールのグラスと触れ合わせた。それは喜びや祝福の気持ちを込めた行動だが、この時は別に意味のない行動になった。ここまでの摩唯伽ちゃんの気持ちを思えば、むしろ相応しくなかったかもしれない。
「乾杯」
両手で猪口を差し出して、摩唯伽ちゃんも小声で応じてくれたので、僕はほっとした。後はもっと笑って欲しい。僕は心からそう願った。




