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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第三章 高橋 摩唯伽
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11 故郷へ

 朝一番の新幹線を名古屋駅で降車して、在来線に乗り換えた。何処に行っても人が多かった都市部を離れて行く。東海道本線を新快速で三十分ほどしたら、次は大垣でローカル鉄道になる。


 黒のロングスカートに黒のジャケットを羽織った摩唯伽ちゃんと、大垣駅の改札前でコーヒーショップに立ち寄っている。まだ九時前の時刻だが、既に二時間半の移動で少々疲れてきた。


「どうぞ」


 ブレンドコーヒーとホットサンドを買って来てくれた。しかし、あまりゆっくりしている時間はない。ローカル線は次の列車を逃すと、三十分以上待つ羽目になってしまう。僕はスーツの袖を捲って腕時計を確かめた。僕と摩唯伽ちゃんは二人とも黒のコーディネートでインフォーマルな装いだ。久し振りに社長に会うのだからと落ち着いた衣装にしたのだが、摩唯伽ちゃんまでが同様にしてくるとは思っていなかった。実家に帰るのに何故かと疑問になる。


 何も話さずにテーブルについて黙々と食事をする摩唯伽ちゃんは、ずっと視線を遠くに向けている。


店の外を行き交う人々を見ているのだろうかと思ったが、その視線はまったく動くこともなく何かを見ているのではないと感じた。


「疲れたのかい?」

「ん? あっ、ごめんなさい。ちょっとぼんやりとしてた」


 気を取り戻したのか大きく伸びをすると、「さぁ、行きましょう」と僕を駆り立てる。少々小走りになって、僕たちはローカル列車に発車ベルが鳴る中をぎりぎり乗り込んだ。


「危ないところでしたねぇ。でも、こういうスリル感は嫌いじゃないです」


 舌を出して摩唯伽ちゃんがお道化る。しかし、何処かに翳りがある。僕の取り越し苦労なら良いのだけれど。


 電車の中は空いていた。もう少し早ければ通学の学生たちで満員になっていた筈だ。ゆっくりと走り出す電車のモーター音が心地良い。


「もうすぐだね。二十分くらいだった?」

「――― さぁ、よく知らないの」


 徒歩でも通学できる距離に暮らしていたので、摩唯伽ちゃんは電車には疎かった。車窓の景色が流れ始めると、またコーヒーショップにいた時のようにぼんやりとし始めた。


「何か心配事でもあるのかい?」


 僕の声が聞こえていないのか返事がない。実家で何かがあったのだろうか。考えてみれば大学の授業をさぼって、こんな平日に帰ること自体が不自然なのだ。


 電車は僕たちが通って来た東海道本線に沿って少し戻って行く。やがて少しずつ離れて行くと一つ目の駅で電車は停止した。長閑な風景の中に建つ小さな駅。老夫婦が駅のベンチで腰掛けていて仲睦まじくお喋りをしていた。


 僕は何気なくそれを見ていたが、摩唯伽ちゃんの視線はずっと下を向いている。景色を楽しむゆとりもない気分でいるのが伝わってくるようだった。


 緩やかなカーブを描いて電車は北へと進路を向ける。緑に輝く田畑が眩しく続いている。所々で建物が密集する辺りになると、電車は速度を落としていく。駅が近付いたのだ。それが何度か続いて、のんびりした早朝からの小旅行は終わりを迎えた。


「着いたよ。降りようか」


 僕が声を掛けると、摩唯伽ちゃんはゆるゆると立ち上がった。何も言わずに僕の後ろをついて来る。


「懐かしいなぁ」


 駅に降り立つと、僕は大きく伸びをした。駅前の古い商店が駐車場に変わっているのが見えた。三年後の二月十四日、僕は彼女を乗せた車をここに停めるのだ。しかし、未来のことを懐かしいと思うのは変なような気がした。それでもいろいろなことが起こった。それらを思い出して感慨に耽ってしまう。僕の人生は波瀾万丈だ。

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