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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第三章 高橋 摩唯伽
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10 変わる運命

「佐藤さん、乾杯しましょう」


 地酒を注いだぐい吞みを持って、摩唯伽ちゃんが促す。乾杯の主導権はいつも彼女が握っていた。新入社員歓迎会でも、夏の旅行でも、そして寮の近くの定食屋に行った時でも同じだった。


 味噌だれがたっぷり掛かったとんかつは旨味と甘味が絶妙に合っている。摩唯伽ちゃんはいつものように大きな口で頬張っていた。


「うぅ、美味しい。このアスパラはどうかしら」


 摩唯伽ちゃんは単品注文したアスパラ巻きを箸で摘まんで、僕の目の高さに挙げた。アスパラに豚肉のスライスを巻いてフライにしたものだ。これにも味噌だれを付けて食べる。


「佐藤さんも一緒に食べましょうよ」


 アスパラは僕の好物でもあるので、誘われるままに頂くことにした。同じ皿の食べ物を取っていると、彼女とプリンを食べたことを思い出していた。


「いいものだね、同じものを一緒に食べるって」


 摩唯伽ちゃんは笑っていた。僕と同じことを感じてくれているようで何だか照れ臭くなった。


「お酒も美味しいね」

「摩唯伽ちゃんは日本酒が好きなんだねぇ」

「はい、お父さんが好きなので」


 そういえば定食屋で同じ会話をしたことがある。その時は過去形で彼女は話をしていた。しかし、今は違っている。運命は変わったからだ。


「ふーん、摩唯伽ちゃんはお父さんが好きなんだね」

「ずっとお父さんのこと好きですよ」

「羨ましいお父さんだね。こんなにも可愛い娘に愛されてるって素敵だな」

「はい、そう思ってくれてます」あははは、と照れながら笑う。「だから、お父さんの工場を継ぐの」


 その為に東大に編入したのだと、その表情が物語っている。そして、何処かの企業に就職するのだ。しかし、僕はその何処かの企業のうちで菩提重工だけは阻止しなければならない。


「そういうことなら、僕も高橋化学工業に再就職したくなったな」


 僕が行けば、摩唯伽ちゃんは就職活動をしないかもしれない。


「駄目ですよ。岸田先生から聞きました。佐藤さんは投資家で成功しているんですよね。菩提重工の株主で、その関連で宇宙開発の岸田先生を支援しているって素晴らしいと思います」

「いや、たいしたことではないよ。そろそろ僕も働きたくなってきたから、良いチャンスなのさ」


「そうなんですか。じゃあ、あと五年くらい待っててください。そうですねぇ、菩提重工も良いかもしれませんね。佐藤さんが投資する企業なら将来性があるってことですよね。そこへ就職してしっかりと勉強してきます」


「良い心掛けだけれど、就職先を決めるっていうのはもっと慎重にするべきだよ。家業を継ぐまでの腰掛にならないように自分の可能性を十分に発揮できる企業を選ぶべきだ」


「それなら菩提重工が尚更相応しいですよね。何といっても菩提樹グループは日本の総生産の一割を作り出しているし、その中核が菩提樹重工業株式会社。相手にとって不足はなしってところです」


「いやいや、JAXAがある」

「ジャクサですか。宇宙航空研究開発機構のJAXA」


 摩唯伽ちゃんは、うーんと唸った。ロケットを打ち上げられるのはジャクサだけだ。宇宙開発事業をしている菩提重工でも、それだけは不可能だった。


「あっ、そうだ。来週、岐阜に行くんで、お土産をたくさん買って来ますね」


 ジャクサの話は忘れたように話題を変える。しかし、僕は何故だかそれだけではない気がした。唐突に不安が襲って来る。


「僕もついて行っていいかい? 久し振りに社長と話がしたくなった」


 摩唯伽ちゃんが一瞬だけ表情を曇らせる。それは気のせいと思える程の僅かな翳りだった。


「別いいですけど、・・・日帰りですよ」


 そう言う口元に少し力が入っている。何かを隠していると、僕は確信した。


「構わないよ」


 或いは十六歳も年上の男に同行されることを迷惑がられているのかもしれない。しかし、それならそれで良い。僕が感じた不安が、そんなもので済めばしめたものだ。


 摩唯伽ちゃんは食事をしながら、ふんふんふんと変な節回しの鼻歌を歌い出した。これから僕の運命ががらりと変わるなんて誰が想像する。否、摩唯伽ちゃんだけがそれを予感していたのかもしれない。だから僕にそれが不安として伝わっていた。そう解釈するのは驕りだろうか。

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