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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第一章 武鎧 摩唯伽
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7 郷土

「実験センターに行く前にコンビニに寄るからね」

「ご飯を食べたばかりですよ。おやつでも買うんですか?」

「違うよ。今日は泊りになるかもしれないから、夕食の調達をするんだ。実験センターにはカップ麺くらいしか置いていないからね」

「あのう、実験センターって、何処にあるんですか? 私、何も知らなくて」


「あれ、きららちゃんの出身地なのに知らなかったの? 岐阜県の山の中にあるんだ。福井と滋賀の県境の山奥だから気軽には食事に出られない。寮では前日までに予約しておけば食事は大丈夫だけれど、今日は無理だからね。コンビニ弁当を買って、寮の部屋の冷蔵庫に入れておこうと思っている」

「うわー、もしかすると私って就職先を甘く考えていたのかも」


 彼女は胸の前で腕を組んで考え込んだ。しかし、移り行く車窓を眺めながら、すぐにそんなことを忘れてしまったかのように楽しんでいる様子だった。


 気楽な性格も併せ持っている。深刻に悩むような繊細さはないようだ。しかし、僕にとってはそのほうが良い。この先教育していく中で、下手の悩んで落ち込まれては厄介でしかない。


「岐阜かぁ~」


 彼女は声のトーンを下げて言った。自分の出身地に行くのに嬉しくないのかと僕は思った。人は好ましいものに対してはトーンを上げこそすれ、低く話すことはない。それは好まれていないと判断するのが妥当だ。


 それにしても僕は何故こんなにも人間観察をしているのだろうか。こんな性格ではない筈だと自分では思っている。他人が何を考えていようが自分には関係がないと思っている人間の筈なのだ。


 はたと気付いた。


 新入社員の教育担当者としての責務だ。そして、中堅社員が果たすべき役割を理解しているからだ。だからこそ一生懸命になっている。そう自分に言い聞かせた。


 何の為に?


 女の子を相手にしているからではない。彼女に気に入られようとしているのでもない。絶対に下心なんてある筈がない。僕は神に誓った。


 しばらくの間会話が途切れていた。彼女は車窓を眺めたまま動かなかったし、僕は僕で自分の内に発生する葛藤と戦っていたからだった。


「きららちゃんの出身地って、どの辺なの?」

「私ですか。家は大垣駅から出ているローカル鉄道の終着駅にあるんですよ」

「何だか魅力的な場所だね」

「ただの田舎ですよ。せっかく山奥から出てきたのに、今はまた山奥に行くんですよねぇ」

「実家が嫌いなの?」

「いいえ、実家は大好きですよ。のどかないい所です。村の付き合いが深くて暖かい絆があって」


 彼女は気怠そうにシートに浅く座っている。背もたれに埋まって物憂い姿勢になっている。


「ふぅん」


 気が抜けた返事をしてしまった。僕はもっと浮き立つ彼女を予想して訊いたのに当てが外れた。だから次の会話に窮してしまう。何でもない沈黙の間が異様に長く感じた。


「季節季節に行われる伝統行事は、私にとって当たり前のことだと思ってた。お正月には親戚一同が集まって、オコナイさんをお祀りして五穀豊穣をお祈りするの。夏になると、お祭りで大きな花火が上がるから、友達たちと楽しみにしていて、いつかきっと男の子と来たいねって言ったりしてた。中学三年生の時には元服式があって、『あぁ、これからは子供のままでいてはいけない』って思ったわ」


 呟くようにゆっくりと彼女は話してくれた。


「私は、そんな古いしきたりの中で育ってきたから、今の私があると思うの。私の性格を形作っていると思うの。だから、そういうことを受け継いでいくのが当たり前だと思っているの」


 郷土を愛しているのは、誰しもの当然なことだ。彼女もそれを疑うことなく過ごしてきたのだろう。しかし、気怠い口調が気になる。元気良く言ってくれていれば、何の疑いもなく郷土が好きなのだなと微笑ましく思えたが、これでは逆に感じてしまう。後悔しているとしか思えないではないか。


「本当に当たり前だと思っているの?」


 僕は驚いた表情に変わる彼女の顔を見た。疑っているような質問は避けるべきだったが、どうしても気になってしまった。


 そして、彼女はこう言った。


「自分の本心なんて分かっている人がいるのかしら」


 思わず僕はアクセルを踏む足を放した。一瞬にして目の前が見えなくなる衝撃を受けたのだ。僕が感じていた彼女の後悔は憶測だ。彼女自身が分からないことを僕が分る筈がない。しかし、彼女は僕が感じていたことに的確な指摘をした。


「ごめん、変なことを訊いた」


 声もなく彼女は笑った。気にしないでと言ってくれている気がした。

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