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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第三章 高橋 摩唯伽
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6 嘘

 やがて、二〇一七年の桜の季節を迎えた。


 僕は二年間の渡米から帰国していた。日本から逃げていたのだ。それが正しい表現かもしれない。日本にいては、意志の弱い僕は摩唯伽ちゃんを追い求めてしまう。しかも東京に暮らしていて、毎年のロボコン大会の時期になると絶対に国技館に出向いてしまう筈だった。だからの渡米である。摩唯伽ちゃんが高専を卒業すればロボコン出場は無くなる。そうすれば東京にいても安心だった。


 岐阜の高橋化学工業では働いていなかった。でも、日本の何処かで暮らしてくれている筈だ。何処かの企業に就職しているだろう。それが東京であったとしても、人口密度が極めて高いこの地で僕たちが出会う確率なんてゼロに等しかった。


 帰国した僕にはやるべきことがある。最後の投資をするのだ。競馬で獲得賞金を手当たり次第に増やして、菩提重工の株を買う。今が底値であることを知っている僕には、二〇一九年末までの最高値が楽しみだった。


 優雅な暮らしがいつも僕を包み込んでくれた。今夜もクラシックコンサートに出掛けていた。労働をしない生活でも、ただ怠惰な時を過ごさないように努力している。音楽にはそれほど興味を持っていた訳ではない。学生の頃はクラシック音楽がむしろ辛気臭いものでしかなかった。そんなものを聞いても時間の無駄としか思えなかったのだ。


 ところが今はゆとりある時間を豊かに変えてくれている。何百年も前の楽譜が受け継がれて、今の僕に届いていると想像すると、その音楽が伝えて来るものを感じることが出来た。


「嘘だ!」


 僕はコンサートホールの席を立った。演奏が始まってからの退席は作法をわきまえていない。無礼な行いだが、この時の僕は居ても立ってもいられなかった。


「そんなのは全部嘘だ」


 何一つとして充実なんてしていない。摩唯伽ちゃんに会えない日々は、心にぽっかりと穴が開いてしまったように充実なんて一切していなかった。


「会いたい。会いたいんだ」


 今すぐにでも僕は摩唯伽ちゃんに会いたい。アメリカにいても忘れられなかった。切なくて寂しくて帰ってきてしまった。この東京にいても会えないから大丈夫だなんて思ってはいない。岐阜にもいなかった摩唯伽ちゃんが、東京にいれば会いに来てくれる。そう思ったからだ。


 そうしないと僕は生きていけない。誰一人として知る人のいない世界で、僕の彼女であった摩唯伽ちゃんがいてくれているから生きていられる。だから、どうしても会いたい。


 僕は彼女との運命を信じている。だから、この東京で摩唯伽ちゃんを探すことにした。


 そして、間もなく僕には奇跡が起こるのだ。奇跡的な出会いになる。その時の僕は心の底からこう叫ぶことになる。


「こんなに嬉しいことはない。神様、どうもありがとうございます」


 無神論者の僕が神に手を合わせて感謝する。これからは神を信じる。科学ではなしえない奇跡を神がなしてくれるのだから信じるしかない。


 摩唯伽ちゃんが東京にいた。


 しかし、僕はもう一つの神の力を垣間見る。神が全能だからこそ、慈悲とは対極に位置する力を持つ。それは冷酷無比で情け容赦がないものだ。


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