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ゼリービーンズをあげる  作者: Bunjin
第三章 高橋 摩唯伽
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5 未来の岐路

「どう違っていた?」

「私は国道沿いのステーキハウスでも、商店街の味噌カツ屋さんでも良かったんです。私の中身はあの頃とちっとも変わってないんですから」

「それは僕が変わってしまったと言いたいんだね」

「私が知っている佐藤さんはたったの四年間の佐藤さんですよ。それも高橋化学工業で働いている佐藤さんしか知りません。それ以前も以後は、私が知らないように、佐藤さんも私を知らない」

「十八歳なんだよね」

「はい」

「確かに十八年のうちの四年は少ないよね。その四年のうちでも摩唯伽ちゃんが学校に行っている間のことは知らない」

「そういうこと。私たちは何も分かり合えていない」

「それは家族でも成し得ないことだね。あの彼氏でも尚更に無理だよ」

「だから、あいつは彼氏じゃないって」

「確かに恋人ではなさそうだった。スタンガンで威嚇する仲なんだからね」

「ねぇ、そんなことよりいい加減にお肉を食べさせてよ」

「あぁ、済まない。行こうか」


 摩唯伽ちゃんの中で、僕がどのように存在なのかがはっきりしないままに終わった。しかし、僕はこれで摩唯伽ちゃんらしくいてもらう決心をした。僕の前にいるから姿を変えてしまうのなら、いないほうが良い。その為には離れてしまうしかなかった。


 この店は客ごとにシェフが付く高級鉄板焼きが売りだ。店の奥で僕たちは漸く落ち着いた。


「お久し振りですね、佐藤様。今日は随分と可愛いお連れ様と御一緒なのですね」

「あぁ、以前とても世話になっていた社長の御令嬢なんだ。どうしてもここのステーキを食べさせてあげたくてね」

「それは光栄です」


 シェフの慣れた手付きに無駄な動きはない。一見簡単に肉をさばいているが、その技巧は見事だった。フランベの炎の演出で摩唯伽ちゃんは圧倒されている。


「ヤバイ、ヤバイ。眉毛が焦げちゃう」


 その表情は顔を近付け過ぎて熱気に驚く子供のようだ。


 食べ易くカットされたシャトーブリアンが提供された。黄金の焼き色と肉汁溢れる切り口の赤いグラデーションが、見た目にも美味しいと物語っている。ぱんっと手を合わせて、摩唯伽ちゃんはフォークに肉を一切れ取り、口に運んだ。


「うっ」


 変な呻き声がした。更にもう一つ口に頬張る。


「柔らかい。お塩と生わさびが抜群に合う」


 びっくりした目をしている。それはあの頃と少しも変わりない。変わってしまったのはやはり僕のほうだった。


「気に入ってもらえて嬉しいよ」


 僕も食べようとフォークを持った。肉を刺そうとしたが、その銀色に光る四本の爪の先が皿の表面を打ち付けた。


「いひひひっ」


 摩唯伽ちゃんが一瞬早く僕の肉を奪っていた。


「いただきっ」


 大きな口を開けて食む。味噌カツ定食を二人で食べに行ったあの時と同じだ。


 しかし、僕は十分に摩唯伽ちゃんの未来を変えている。東京大学で化学を専攻する彼女は、もういない。高専に進学して、ロボコンに熱中する機械好きな女の子にしてしまった。


 そして、最も大きく変えたのは高橋化学工業を倒産させなかったことだ。これは想像だが、彼女の両親はこれが原因で亡くなっている。だからこそ、残された彼女は武鎧家の養女となり、武鎧摩唯伽となったのだろう。


 この世界に生きる本来の僕。彼は京都大学に行っている。こちらの未来は何も変わっていないので、来年には菩提重工に就職してくれる筈だ。


 摩唯伽ちゃんには申し訳ないが、高専を卒業して菩提重工に就職できる確率は少ない。たとえ出来たとしても、高専の卒業は大学よりも二年も早い。だから、僕はまだ入社三年目でしかないのだ。当然、彼女の新入社員教育担当者に選ばれるないということだ。


 僕と彼女の出会いはなくなった。

 だから、僕は決めた。

 僕は二度と摩唯伽ちゃんには会わない。


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